ORION 1

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ORION 1

 

 

「…あ」

自分の部屋のベッドで転がりながらスマショを触っていたタイガは、突然に来たSNSの通知に目を輝かせた。

みょうじなまえ、と書かれたそれをタップすると、この間ヒロ達と決めたスケートの誘いに対する返事が、デフォルトで設定された通知音と共に表示される。

「…っしゃ!」

なまえからの了承の返事に、タイガは思わず上半身を勢いよく起こし、ガッツポーズをした。そして慌てて、素早い親指の動きでなまえに返信を送る。

ーーいいんすか。なまえさん、受験で忙しいなら…俺はいつでもいいんすけど。
ーーいいよ〜。ずーっと家と学校の図書館にこもりきりだから、たまには息抜きしたいし!
ーーそうっすか。じゃあ、土曜、A駅の前で待ってます。2時でいいですか?

タイガがメッセージを送り終えると程なくして「OK」の文字を背負った猫のスタンプが送られてきた。
思わず顔が緩む。

ふと、なまえとのLINEのログもだいぶ溜まってきたなと思いながら、タイガは少し前のそれを辿る。はじめは一言二言で終わっていたものが、少しずつ文章もやりとりの数も増えていくことに嬉しさを感じた。とはいえ、タイガはこうしたメッセージのやりとりが得意な方ではない。基本的に必要最低限の事しか言えていないことに、やきもきした気持ちも芽生えてくる。

(…なんつーか、もうちっと、うまいこと言えりゃいいんだろーけど)

なまえのLINEのアイコンを見つめながら、「うまいこと」を考えてみるーーが、浮かんでくるのはどれもこれも自分が言いそうにもない台詞。言えるわけねぇ、とタイガは首を横に振る。

「…つーか、これ」
タイガはふとその下にあるカケルのLINEアイコンに気づき、独り呟く。
「…本当にあの人たちに言うのか?」

 

 

*****

 

 

ーーそして、あっという間に迎えた土曜日。

(…本当に来たのかよ…)

なまえと待ち合わせた時には姿が見えなかったため、付いてくるのはやめたのか、と安心していたタイガだったが。スケート場についた瞬間、隅の方から感じる違和感にふと視線を向け、ぎょっと顔をしかめた。

タイガが一瞬視線を向けたその先にはーー。
結局サングラスはやめなかったらしく、いかにも変装用といわんばかりの黒い大きなそれをつけ、マフラーをぐるぐる巻きにし口元を隠しているその男。明るいブラウンの髪の毛と、全体から漂う煌めきのオーラが隠しきれていない。その横には、同じような変装をした、髪の毛を首の後ろで括った背の高い男が、そしてマフラーこそしていないがニット帽とサングラスをかけた尊敬する先輩の姿があった。
おまけに、オレンジ色の髪の男がーーなぜかこの男に限っては特に変装もせず寧ろバッチリ全身キメてきているーーにっこり笑いながらそこにいたのだった。

(…いや…つーか…バレバレだろ…大丈夫なのか?何しに来たのかもよくわかんねぇし…)
タイガは両ポケットに手を突っ込み、その四人から慌てて視線を逸らす。そんなタイガの様子に全く気付くことのないなまえは、パンフレットを見ながら口を開いた。
「ね、タイガくん」
「え?あっ、はい」
「ここって靴レンタルできるのかな?私今日なにも持って来てないけど…」
「あー、できるみたいっすよ。つうか、これあるんで、使って下さい」
タイガが差し出したのは、スケート靴のレンタルチケットだった。財布から取り出したそれを差し出す。なまえはきょとんとしてそれを受け取る。
「え?いいの?」
「はい。カズオにもらったんで」
遠慮なく使って下さい、と言うとなまえは笑いながら、カケルくんにお礼言わなきゃね、と呟いた。
「でも、こんないいもの持ってるのに、カケルくんは今日来れなかったんだね」
「え?あ、……まぁ…」
「忙しそうだもんね~カケルくん」
「……っすね」
答えながら、タイガは来れないどころかすぐそばでこちらをニヤニヤとみているであろうカケルたちを思い描く。
とにかくなまえにはバレないようにしなければならない。タイガはそう心の中で誓いながら、4人からさりげなく距離を取った。

 

ほどなくしてリンクに着くと、オープン直後だからか、思った以上に大勢の人が賑やかにスケートを楽しんでいた。なまえは小走りし、リンクに近づくと、歓声を上げる。
「わー、ここがリンクかぁ。…今更だけどさ、実は私スケート初めてなんだよね」
なまえが照れ臭そうに頬を染める。たいして驚いた表情も見せず、知ってます、と呟くタイガになまえは不思議そうな顔をする。
「え?私言ったっけ?」
「いや、カヅキさんが……あ」
「仁科くん?」
「あ!あ、いや。なんかその、そういう…スケートの話…になって。その時に」
まさかオバレぐるみでなまえとの外出を計画していた等とはとても言えない。慌てて不自然に隠すタイガに、なまえは「そうなんだ」と疑う様子も見せずに笑った。タイガの胸の奥がちくりと針で刺されたように痛む。

ひとまず一通り滑れるようになろう――ということで、初心者が多いリンクに来た二人。タイガは難なくリンクに降り、歩くように自然に滑りだす。
「わ、やっぱりすごいね、タイガくん」
「や、別に…こんなの誰にでもできますよ」
「え~そんなに滑らかにはなかなかできないよ。ね、一周して来てみて」
「え?や、まぁ…いいっすけど」
初心者がふらふらと滑ったり、友達やカップル同士で手を繋いで滑ったりーーといった雑多な氷の上を、タイガは器用にスイスイと避けてあっという間に一周回り、シャッと氷を軽く削ってなまえの目の前で止まる。
わあ、と歓声をあげ、軽く拍手をするなまえに、タイガは顔を少し赤らめながら目を背ける。
「あの、別にほんと、簡単なんで」
「そんなことないって」
「…とっとりあえず、なまえさんも降りてください」
「え!…あ、うん…」
楽しそうにタイガを見ていたなまえは、タイガの促しに少し顔を強張らせた。手すりを持ちながら、おそるおそる、といった感じに左足を氷面につけようとする。
「…なまえさん…もしかして怖いんすか?」
「へ!?い、いや、別に怖いとかじゃないけど…わ!」
タイガが少し笑って言うと、なまえは大きな声で反応した。足元に向けていた視線がタイガに向いたことで、氷に乗せていた左足が揺らぎ、さっそく滑りかける。
「あぶね!…っ大丈夫っすか」
慌ててタイガがなまえの両二の腕を掴み、持ち上げる。
「あ、う、うん。…あ!乗れた!」
滑りかけたことで、右足も氷に乗り、なまえはタイガに両腕を支えられながらなんとか氷の上に立っている状態となった。ほっと息をついたタイガだったが、ふと両手の柔らかな感触に気が付き、自分がなまえの二の腕をしっかりと掴んでいることに改めて顔を赤らめた。
「…じゃ、じゃあ、もう離しますよ」
「え!?ちょっ、ま、待って!」
タイガがあっさりと言い手を離せば、なまえは慌ててタイガの両腕を握り返す。
「も、もうちょっとこのままで…」
「……」
なまえはタイガの上腕を左右からぎゅっとつかみ、足元をじっと見つめている。
その頭をすぐ近くで見下ろしながら、タイガは暑くもないのに一人汗をかいていた。
(ち、近ぇ…)
全くなまえにその気がないのは分かっている。単純に、今は柱代わりとして頼られているだけなのも分かっている。しかしどんな理由があれど、近いものは近いのだ。
「…っ、なまえさん。と、とりあえず動いてみた方がいいっすよ!立ちっぱなしじゃ上達しないんで…」
バクバクとなる自身の心音に耐え切れず、タイガは目を瞑って声を上げる。
「う……わ、わかった。で、でも手は持ってていい?」
「えっ」
「い、いきなりここから自立は無理…!」
「……さ、最初だけっすよ……」
なまえの必死な表情に、仕方なく折れる。タイガくん結構スパルタだなぁ、と冗談交じりで笑うなまえに、そういう事じゃねえ、と思いながらもタイガはおずおずと手を差し出す。なまえは難なくその手を取り、握る。指が触れた瞬間びくりとしたその動きが伝わらなかったろうかと、タイガはなんとなく視線を外した。向かい合い、両手を繋いだような形になったなまえとタイガは、一歩ずつ――タイガは後ろに――進む。
しかし、なまえの足取りが覚束ないせいで、進む線はまっすぐではなくフラフラと氷面の上を描く。

「わ、わ、ま、待って。タイガくん」
「なまえさん、あんま滑るとか気にせずに、足を交互に動かして…」
「う、うん。…うわわわわ、ま、ま、待って!は、早い!タイガくん早い!」
「え?あ、すんませ…」
タイガが後ろに進むスピードにあわせて足を出せないなまえは、タイガの手をぎゅっと握りながらどんどん下半身だけが置いていかれていく。

「す、すべる…!いや滑ろうとしてるんだけど!」
「その、なまえさん、普通に、こう。焦らずに…」
「え、あ、でも、足がついてこな…わわわ、ごめ、タイガくん、手痛いよね」
「あ、い、いや…それは大丈夫…っす」

なまえはタイガの手を強く掴みながら、へっぴり腰でよたよたと滑る。重心のバランスがずれ、いまにも転びそうだ。
それを支えるには、なまえの腰を支えてやるのが一番手っ取り早いし確実、なのだが。
(……無理だろ)
なまえの腰に手を回す、という行為にどうしても踏み切れず、タイガは腕を伸ばしたり諦めたように元の位置に戻したりを繰り返した。
(ん、んな、こ、腰を触るとか)
別に変な意味で触るわけではないのは重々承知だし、なまえもきっと気にしないだろう――とは思うのだが。どうしてもその行動に踏み切れず、タイガは代わりに手を離さないようしっかりと握りながら、ハラハラとなまえを見守っていた。

 

 

*****

 

 

「…アイツ、思った以上にスケート下手だな…」
カヅキが二人の様子を眺めながら、妙な姿勢で滑るなまえに思わず呟く。
「う~ん、初めてならあんなものじゃない?カヅキは運動神経いいからね」
コウジがサングラスの柄に触れながらにこりと笑う。
「…っていうか、タイガは何やってるんだ!うまくエスコートするチャンスなのに!こう、腰を支えるとか…」
ヒロがサングラスを外し、どこから持ち出したのか双眼鏡から二人を見ながら、苛立ちの声をあげる。そして自分ならこうすると言わんばかりに、舞踏会で女性をエスコートするかのようにさらりと華麗なポージングを決めて見せた。
「まぁ〜、タイガきゅんですからね〜。それは無理でしょう」
「ふふふ。いいじゃない、初々しくて」
ヒロを挟むように佇むカケルとコウジが冷静に受け答える。
「っていっても。…あれじゃ何も進まないぞあの二人」
「それなんですよね〜。なまえさんはのほほんとしてるし、タイガきゅんは踏み込めないし。下手するとずーっとあのままっすよ、あの二人」
「まあ…いいんじゃねえか?楽しそうにしてんだしよ」
「「だめ(っすよ)だよ!」」
カヅキが髪の毛を掻きながら苦笑すると、ヒロとカケルがばっと合わせたかのようにカヅキを振り返る。
「お…おう」
二人に圧されて、カヅキは思わず頷いた。
「女の人が苦手なタイガきゅんがせっかくあそこまで頑張ってるんですから〜。なんとか応援してあげたいじゃないですか♪」
「…まぁ、そうだな」
カケルがウインクをしながらそう言うと、カヅキがどこか照れたように笑う。
一方で、相変わらず双眼鏡で二人を追いかけていたヒロは、突然に動き出した。
「あ!向こう側に行ったぞ、あの二人!……よし、ちょっと追いかけてくる!」
「え、お、おいヒロ!あんまそっち行くと…つーか、サングラス外したままになってんぞ!」
ヒロが柱の影から表に出て、二人を追いかけようとリンクに近づく。
それを慌てて追うカヅキ、コウジ、カケル――が揃うと、にわかに周りの空気が変わった。それまでスケートに夢中だった客達がーー特に女性客ーー4人を見て訝しげな表情をし、お互いに顔を見合わせたり、指をさしたりし始める。少しずつそのざわつきの輪が広がり、やがてその困惑は声になって現れる。

「え?…ねえ、あれ…オバレの速水ヒロじゃない?」
「やっぱり?っていうか、あの三人って…」
「コウジくん?」
「あれってカヅキくんだよね…?」
「あのオレンジの髪の子、雑誌で見た気がする。エーデルローズのさあ…」
「うそ、オバレが揃ってるの?」
「CM撮影?」
「ドラマかな?」
「もしかしてゲリラライブ!?」

ざわめきの中、視線を集められた4人はようやくその事実に気が付き、きょろきょろと周りを見渡す。

「…ん?あれ?」
「っちゃ〜。これ、やばいかもしんないっすね〜」
「お、おい。ヒロ!とにかく早くサングラスかけろって」
「おっと。僕の煌めきが漏れちゃったかな?」
「ウインクしてる場合かっ!」
ヒロがサングラスの柄を軽く噛みながらウインクすると、周りの女性客が思わず口に手を当てる。歓声をあげるものや、悲鳴をあげるものなど様々な反応を見せる彼女たちから、その隙をついて逃げるように4人はタイガとなまえの方向へ移動した。

 

 

*****

 

 

一方で、タイガとなまえはリンクを半周ほどしたのち、「ちょっと休憩」と疲れた様子のなまえの発言によってリンクの端に立っていた。
タイガは何てことないように立っているが、なまえはリンクの手すりにしっかりとしがみついている。

「ふう。ごめんねタイガくん、下手くそで…」
「え。あ、いや。初めてなら仕方ないっすよ」
とはいえ、幼少期から冬のスポーツに慣れ親しんでいたタイガにとっては、なまえのように苦手な感覚がいまいち分からないのも事実だった。それでも、困惑しながら何かに取り組むなまえは、いつもの――タイガから見れば少し大人びた――様子とは違い、子どもっぽくて可愛い、と思う。そんなタイガの思惑を知らないなまえは、照れ臭そうに笑う。
「…私、そんなにスポーツとか得意な方じゃないから…友達からスケートとか誘われても結構断ってるんだよね」
「…そうだったんすか。え、でも」
じゃあなぜ今日はーーとタイガが疑問に思うと、なまえはにこりと笑う。
「でも、最近…タイガくんの影響かな、プリズムショーに興味が出てきて。今更それはやれないけど、でもプリズムショーに近いスケートならちょっと挑戦してみてもいいかなって思ったの」
タイガは目を瞬かせる。足元から、じわじわと身体が熱くなってくる感覚。
「…っ、別に、プリズムショーだって…今からでも遅くないっすよ!」
スポーツ苦手でもできるし、とタイガが熱弁すると、なまえが少し照れたように笑う。
「そっか。でもまずはタイガくんのショーを見てからにするよ」
「え…あ、は、はい!ぜひ…」
タイガとなまえがお互い少し照れながら笑いあっているちょうどその頃。ヒロたちは周囲の女性客に注目され始めていた頃だった。タイガたちの周りの客までそれは伝わり、そのざわめきはどんどんと二人に近づいていた。

「…ん?なんか、リンクの外、騒がしくない?」
「…そーっすね…」
ようやく騒ぎに気がついた二人は、きょろきょろと辺りを見渡す。
タイガがひょいと頭を上げて、リンクの外の騒がしい場所を見遣る。そしてその中心にいる、かなり見知った男たち4人を発見し、一瞬で理解をし、ぎょっと顔を歪めた。
(…っ、さ、早速バレてんじゃねーか!言わんこっちゃねえ…!)
「タイガくん?」
「え?あ!あ、な、なんすかね?よく見えないっす…」
タイガはくるりと背を向け誤魔化す。
「芸能人でもいたのかな?」
「あ、あー、そうかも…っすね…まあ、ある意味…」
「…あ、なんか見えそう。…ん?あれ?」
(や、やべえ…)
なまえが左手を目の上に水平に固定し、その騒ぎの中心を見ながら、不思議そうな表情をする。
やがてその騒ぎの輪はだんだんとこちらに近づき、モーセのごとく人混みを割って、奥から4人の男が現れる。

「…え?あれ…仁科くん…?に、カケルくん?あ、速水くんと神浜くん…も?」
きょとんと目を丸くしながらなまえが全員の名前を呟く。
「……」
(だはんで言ったべや…!)
思わず方言で4人にツッコミながら、タイガは額に手を当てた。
なまえはそんなタイガの思いも知らぬまま、4人に無邪気に手を振る。
なまえに気付かれたことに気付いた4人は、まるで今タイガとなまえに気付いたかのような顔で慌てて2人に近寄った。

「あれ?なまえちゃんじゃないか!」
「偶然だね」
スケートリンクの壁越しに、しれっとそんな事を言うヒロとコウジに、タイガはよく言うな、と冷や汗を流す。
「ほんとに!みんなも来てたんだね。あ、カケルくんも」
「どもっす〜☆」
「あ、あー…悪いな。二人で楽しんでるところ…」
カヅキが一人居心地が悪そうに呟くと、なまえは笑った。
「え?別に大丈夫だよ、今ちょっと休憩してたし。それより、皆なんだか注目されてるけど…大丈夫?」
話題の4人がなまえとタイガに話しかけたことで、周囲のざわめきはより一層大きくなった。なまえと二人でいた時には気づかれていなかったタイガまで、ちらほらとエーデルローズ生では?と気が付く声が出始める。
「あー、そうなんすよね。オバレの皆さんが三人揃うと、そりゃあねえ」
カケルが困ったように自身の首元を触る。タイガがカケルをギッと睨んだ。
「おめえな!来るならもっと変装して来いよ!」
「いやさすがにまだ俺っちはいいかな~?って思ったんだけどねん。そういうタイガきゅんだって別に素のまんまじゃん?」
「俺はいいんだよ!そーいう、女からチャラチャラした人気集める方じゃねーし」
フン、とカケルから目をそらすタイガに、ニヤニヤと笑う口元を手でおさえながらカケルは揶揄う。
「何言ってんの~。そのわりに女性ファンたくさんいるくせに♪」
タイガはなっ、とと口を開き、慌ててカケルの口を手で塞ぐ。
「おま、ばっ…!そういう事なまえさんの前で言うんじゃねえよ!」
怒鳴りながらも小声、という器用な声の出し方をしながら、タイガは顔を真っ赤にして抗議した。カケルの胸倉をぐいとつかむ。
「んにゃ〜大丈夫でしょ。なまえさんこういう事で嫉妬するタイプじゃなさそうだし」
「そっ……!…、……うかもしんねぇけど…」
平気な顔をされていてもそれはそれで、切ない。タイガは睨みを効かせた視線を段々と足元へ落とす。
「っていうか、多分聞いてないよなまえさん…」
「う……」
胸倉を掴まれながらも平気そうな顔をしているカケルは、ヒロたちと穏やかに話すなまえを指さす。まるで独り相撲だ、とタイガは赤くなりながらカケルを掴む手をぱっと離した。リンク側に引っ張られていた服の力が急に抜け、カケルはリンクに頭から突っ込みそうになるのを慌てて踏ん張る。
「わ!ちょ!いきなり離すのやめて!もう!……って、聞いてないし〜」
カケルがため息をつき、なまえを見つめるタイガを見遣る。

 

一方で、なまえとヒロ・コウジ・カヅキの4人は、タイガとカケルの掛け合いもよそに会話を始めていた。なまえが驚いたように口を開く。
「…にしても本当に偶然だね。みんなも遊びに来てたなんて。しかも同じ日に」
「あ、あー…ま、まあな…」
「たまたま僕たちのオフが重なる日が今日しかなくてね。エーデルローズ寮に集まってたんだけど、そこでカケルに聞いたら新しいスケートリンクがオープンするって聞いたものだから、ついついそのまま4人で来ちゃったんだ」
「そうそう、そしたらタイガとなまえちゃんがいるからびっくりしてつい…ね」
「そ…、そ…うだな」
よくもまあつらつらと出てくるものだと、ヒロとコウジに半分歓心、半分呆れ顔で、カヅキはひとまず話を合わせた。
「そっか。3人とも忙しいもんね」
「まあね。しかし、この前会った時もタイガと来てなかった?…仲がいいんだね、二人とも」
しれっとヒロが笑顔でそんな事を言うと、なまえは分かっているのかいないのか、同じく笑顔で答える。
「ん?うん、そうだね。タイガくん、私が受験勉強ばっかりしてるからか色々気分転換に誘ってくれてるみたい。優しいよね」
「…ん、ん~?そ、それはさなまえちゃん。受験勉強してるからっていうか…」
「え?」
「ヒロ」
「……まあ、それもあるかもね?」
コウジが「それ以上言うな」と言わんばかりに、ヒロを笑顔で一瞥すると、ヒロはおっと、と口に手を当てて誤魔化す。
「おい、それより…そろそろここ出ないとまずくないか?結構人増えてきたぜ」
まだサングラスをかけたままのカヅキが、周りを見渡す。今の所何かのアクションを起こしてくる客はいないが、こういうものは誰か一人がサインや握手をねだり始めたら、あとは雪崩の如く次から次へとキリがなくファンが集まるものだ。そうなる前に早く出ようというカヅキの提案はもっともだった。
「そうですねん。実はもう既に、外に車呼んじゃってあるんで、皆さんひとまずそちらに乗りません?」
いつの間にやらオバレの後ろにいたカケルがスマショを揺らしながら言うと、ヒロは指をパチンと鳴らす。
「さすがカケル!よし、じゃあひとまず退散だな」
4人が動き出すのを、ぽかんと眺めるタイガとなまえに、カケルが急かす。
「ほらほら~。お二人もですよん♪」
「え?私たちも?」
「そりゃそーっすよ!タイガきゅんももう一部の人にバレちゃってるっぽいですし、そのままお二人でいると何かと…ね。ささ、スケート靴脱いで脱いで~」
「ま、マジかよ…」
不満げに呟くも、確かに状況を見ればそうするより仕方ない。靴を脱ぐのも慣れていないなまえを手伝いながら、二人も慌てて4人の後を追う。

出口から出てすぐの所に、真っ黒でやけに車体の長い車が存在感をこれでもかとアピールしながら待っていた。カケルが当然のようにそこへ駆け寄り、「ささ、ど~ぞ~」と誘導すれば、中から運転手と思しきスーツ姿の中年男性が出てきて、扉を仰々しく開ける。

「わお。すごいな!」
「ありがとうございます」
「失礼します!」

驚きながらもやや慣れた様子で車内に入るオバレ3人に対し、なまえとタイガはぽかんと口を開けて圧倒されていた。

「…話には聞いてたけど、カケルくんって本当におぼっちゃんなんだね…」
「え?!やだな~、タイガきゅんみたいなこと言わないでくださいよ~」
「あぁ!?どういう意味だ」
「おーい、とにかくひとまず入れ、二人とも」
カヅキに声をかけられ、なまえとタイガははっとして慌てて車内に入る。
車内は、一般的な車の内部とは違い、やたらシックで高級そうな、ふわふわとしたソファーのような椅子が向い合せになって並んでいた。先に入ったオバレの3人は向かい側に、なまえとタイガ、カケルはテーブルをはさんで入ってきたドアの側に座る。

「…ふーーっ」
ひとまず全員乗り切って、緩やかな発車でスタートすると、誰からともなく安堵と疲労のため息をついた。

「ひとまず、大騒ぎにならなくて済んだね」
「…済んだっつーか、ちょっと騒ぎにはなってたけどな…」
「まあ、いいじゃない。あれくらいで済んで」
「…で、どうしましょ?とりあえず離れましたけど――このまま解散も何ですし、ご飯でも行きます?」
「うーん、そうだね」
「…あ!コウジ」
ヒロが何やら思いついた、という顔で目を輝かせる。コウジに耳打ちをすると、コウジがあはは、と笑いながら「うん、大丈夫だよ」とさらりと述べた。カヅキとカケルは首を傾げてその様子を見ている。
「んん?何かアテがある感じですか?」
カケルが言うと、コウジが頷く。
「うん、ヒロのアパートはどうかな、って。ちょうど今食材があるし、僕が簡単に料理を作るよ」
「あーヒロさんの。……ええ!?ヒロさんの!?」
カケルが見事なノリツッコミをするそばで、カヅキもまた目を丸くしていた。
「い、いや…あそこはこの人数は厳しいだろ?」
「カヅキさん、そこですか?!」
「詰めればなんとかなるだろ?」
「いやでもなんでわざわざ…」
「だって下手な店行くよりコウジの料理の方が美味しいだろ。それにこのメンツでどこかに入ったらそれこそまた騒がれるかもしれないし」
「あー…まあ、それはそうかも…っすね」
本当は「お忍び」で使えるようなお店の一つや二つ、カケルは知っていた――が、ここはヒロたちの話に乗った方が楽しそうだと頭の中で方向転換し、同意する。
そんなカケルに、タイガは少し不安げにひそひそと話しかける。
「え、お、おいお前…ヒロさんのアパートなんか行ったことあんのかよ」
「ないよ~?だからこそ行ってみたいじゃん♪」
「いや、でも…」
二人が話していると、向こう岸の3人が楽しそうに笑う。
「コウジの料理はおいしいぞ~?」
「…まあ、確かにそれは保証できるな」
にこにこと笑みをたたえながらヒロとカヅキが頷く前で、カケルがふと尋ねる。
「でも6人分も料理するなんて…コウジさん大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。エーデルローズのみんなの分作ることを考えれば」
「まぁ、それはそうっすねえ…」
ワイワイと5人が盛り上がる中、気まずそうになまえがおそるおそる手を挙げる。
「あ、あの…人数多そうなら私適当な場所で下ろしてくれれば、帰る、けど…」
そもそも私場違いだし、と言うなまえに、5人は一斉に振り返る。
「何言ってるの、それじゃ意味がないよ!」
「そうそう。なまえさんはある意味主役なんで~」
「え?なんで?」
心から分からないといった表情を隠すことなく、なまえは目を丸くする。
タイガは先輩たちとなまえを交互に見て、何か言いたげに口をぱくぱくと開いていた。
「まあ、それはともかく――タイガと二人でいるところを邪魔しちゃったのは僕たちの方だし、もしよければ遠慮せず来てほしいな」
「ああ。場違いってことはねえよ」
「そうそう。何より、ここで帰ったらタイガが悲しんじゃうよ」
「ひっ、ヒロさん!!!」
何てことを言い出すのかと、タイガは思わず車内で勢いよく立ち上がり、案の定天井にゴン、と大きな音を立てて頭をぶつける。
「…ってえ!!」
「タイガきゅんってば、持ってるな~」
「だ、大丈夫!?」
面白そうに見るカケルに、心配そうに頭を撫ぜるなまえ。
頭を撫でられたことで赤面するタイガに、それをニコニコと見守るOver The Rainbowの3人。
よくわからない奇異な組み合わせで、十王院財閥親族専用リムジンは、東京の街を軽やかに進んで行った。

 

 

 

ORION 2 へ続く