素直になれない

WEB拍手

とある土曜日の昼。
タイガとカケルがラーメンでも食べに行くかと街をふらふらしているときだった。

「あれ?」
「ん?」

カケルがふと何かを見つけたように声を上げる。

「あれって、なまえさんじゃな~い?」
「え?!」

街ゆく人混みのなか、ふわりと揺れるコートをまとった女性が一人で歩いている。
その横顔を確認し、タイガはほんのり顔を赤くさせた。

なまえは、タイガが今片思いしている女性だ。――といっても、それはカケル曰くであって、本人は否定しているのだが、反応を見ればそれは明らかだった。

「ま、まあそりゃ…この辺住んでんだから通ることもあんだろ…」
タイガがそう言って顔をそむけると、カケルはにやりと笑みを浮かべた。
「呼びかければいいのに」
「は、はあ!?」
「タイガきゅんができないなら俺っち協力しちゃおっか~?」
「は?!いや、おま、まっ」
「なまえさーーん!」
「っておい!!おめえ!!」

タイガの必死の止めもむなしく、カケルがぶんぶんと手をふり呼びかける。なまえさんと呼びかけられた女性はふっとこちらを振り向いた。
二人を視界に入れると途端にふわりと笑顔になり、手を振り返す。

「あ、タイガくんにカケルくん!こんにちは」
「こんにちは~☆」
「…っす」
相変わらず赤くなってそっぽをむくタイガに、カケルはバシンとその背中をたたく。
「いって!」
「ん?」
「いやーなんでも!それよりなまえさん、今日何してたんですか?」
「ん?あ、ちょっと買い物してたの」
「お昼とか、もう食べました?」
「ううん、まだ。家で食べようかこの辺で食べようかどうしようかなーって思ってたところ」
「お!ラッキー!んじゃ、俺っちたちと一緒しません?ちょうどタイガきゅんとお昼食べようと外に出てきたところで~」
タイガが慌ててカケルを振り返り、聞いてないとばかりに口をぱくぱく動かす。
「ほんと?…でもいいの?私邪魔じゃない?」
「いえーもう全然!タイガきゅんも喜んでるし♪」
そう言ってカケルは何か言いたげなタイガの頬を後ろからぐっと挟む。
「んな…!」
「ほんと?嬉しいな。じゃあ食べにいこっか」
「……っス」
なまえがタイガを見てそう言うと、タイガはまた顔を赤らめた。
「んもー、タイガきゅんさっきからそれしか言ってなーい。んじゃ、どこ行きます~?」
「なんでもいいよ~。二人は何を食べる予定だったの?」
「俺っちたちはラーメンでも食べようかと思ってたんですけど、なまえさんがいるんだったらパスタとかどうかにゃ~って」
「え?ラーメンでもいいよ?」
「いやでもなまえさんのそのきれいなコートが汚れちゃいそうだし~」
「えー?あはは、でもたしかにこの格好はラーメン屋って感じじゃないかぁ」
「この辺で美味しくてコスパがいい店知ってるんでそこにしません?こっから5分くらい歩くんですけど」
「うん、じゃあそこにしよう~」
「……」

カケルとなまえが次々と会話を繰り広げていくのを、タイガは二人の一歩後ろからついて歩き無言で伺っていた。
もともとタイガはペラペラと多く話す方ではないし、まして好きな女――とタイガは認めていないが――となると尚更だった。時折後ろからなまえの姿を見ては、眼をそらす、の繰り返しだ。

「タイガくんもそれでいい?」
「え?!…あ、はっ、はい!」

そんな様子でちらちら伺っていた相手が急に後ろを振り向き声をかけてきたので、タイガはびくりと反応する。
カケルがその様子を見てニタニタしていたのを見て、タイガは内心、あとでぜってぇしめる、と拳を握ったのだった。

 

 

***

 

 

「わー、素敵なところだね」
「でっしょ~?しかも美味しいんすよ~」
「さすがカケル君だねー、よく知ってる」

4人席のテーブルに、カケルとなまえが向かいになって座る。タイガは一瞬悩んだが、なまえがバッグを寄せて「タイガくん、ここ座れるよ」と言ったためなまえの隣におずおずと腰かけた。

「いえいえ〜。さ、どれにします〜?どれも美味しいですけどねん」
カケルに渡されたメニューを見ながら、なまえがうーん、と唸る。
「…ランチAかBかで迷ってる」
「あー、メインが違うんすね~。んー、俺っちはBかなー」
「…タイガくんは?」
メニューからちらりと顔をのぞかせるなまえに、タイガはどぎまぎしながら答える。
「えっと…俺はAで」
「え!…じゃ、じゃあ一口交換してくれない?私Bにするから!」
「…こ…!?…い…いいっすよ」
「わー、ありがとう!あ、じゃあすみません、ランチA1つとB2つで」
ちょうど通りがかった店員になまえが注文する。
タイガはなまえが隣にいることと来慣れない店で終始そわそわとしていた。

 

 

***

 

 

「わーおいしそう~」
料理が運ばれ、それぞれの手前に置かれていく。
「いただきます」
「んーおいし~」
「…うまっ」
「おいしいっしょ~?」

各々が手を合わせて食事を開始する中、カケルが得意げに笑みを浮かべる。
しばらく食べ進めていると、なまえが思い出したかのようにタイガの方を振り向いた。

「あ、タイガくん。はい」
なまえがパスタをくるくるとフォークに巻き、タイガの目の前に差し出す。
「え」
「交換。はい、あーん」
「はっ!?」
てっきり皿ごと交換するのかと思っていたタイガは、顔を真っ赤にさせフォークを見ながら固まった。
「や、あ、その……って!」
急にタイガの左足に痛みが走る。テーブルの下からカケルが蹴りを入れたらしい。左足の小指にあたって割とリアルに痛い。
カケルはにこにことタイガを見ながら肘をついている。
「あ、もっと欲しかった?」
なまえが何を勘違いしたのか、もう一度巻きなおそうとすると。
「や、い、いいっすそれでっ」
「あ、そう?」
タイガは意を決してなまえのもつフォークに口を近づけ、ぱくり、と口の中に入れる。なまえがそれを見てすっとフォークを抜くのが分かる。
「どう?美味しくない?」
「……ん……はい……」
咀嚼しながらなんとか答えるが、正直味が全く分からない。とりあえず何回か噛んで、そのまま無理やり水で流し込んだ。
「タイガきゅ~ん、耳まで真っ……った!」
今度はタイガがテーブルの下でカケルの足を踏む。
「んもー、タイガきゅんってば~」
「?どうかしたの?」
「な、なんでもないっす!」
きょろきょろと二人の様子を伺うなまえに、タイガは慌てた様子で首を横に振る。そう?とあまり気にもしていないようななまえは、タイガの皿に視線を落とす。
「タイガくんのも一口ちょうだい」
「あ、は、はい」
タイガが皿を名前の方に近づけると、カケルはにやにやしながら言った。
「タイガきゅん、あーん♡してあげなきゃ~」
「おめぇなあ…!!」
「いいよいいよ、勝手に食べるから!じゃ、もらうね~」
器用にくるくると巻いてぱくりと食べたなまえに、少し拍子抜けしながらタイガは「あ、はい…」と呟いた。
(…それはそれで残念なのねタイガきゅん)
カケルは難しい恋心を想像しながら、一人苦笑いした。

 

 

***

 

 

「じゃ、今日はありがとう」
「いえいえこちらこそ~!またエーデルローズに遊びに来て下さいねん♪」
「うん、近々行くよ~。じゃあね、タイガくん、カケルくん」
「あ、は、はいっ」
ポケットに手を突っ込みながら二人の会話を聞いていたタイガは、慌てて姿勢を正す。
またね、と去っていくなまえに、おずおずと手を振り返した。その後ろ姿をしばらくじっと見つめる。

「…タイガきゅん、よかったね~☆」
「…おめぇな…ほんと…」
カケルが揶揄うように肘でつつくと、タイガは噛みつかんばかりの勢いでカケルをにらむ。それをまーまー、と両手で抑える手つきをしたあと、カケルはくいっと人差し指で眼鏡を持ち上げた。
「だってさ~あの調子じゃいつまでたっても進展しないよん?好きなんでしょ、なまえさんのこと」
「は、はぁ!?だっだっだから別にそんなんじゃねーって言ってんだろ!!」
再びポケットに手をつっこみ、ぶっきらぼうに顔をそむけ歩き出すタイガに、カケルはやれやれと首を振る。
「も~。いい加減素直になればいいのに~」
「うるせーな!」
「いやでもマジな話~、あんまりうだうだしてると、なまえさん誰かにとられちゃうよ?」
「……」
「あの通り可愛い人だし、優しいし、話しやすいしさ~。今フリーなのが奇跡なんだから、早くなんとかしなきゃ」
「……」
急に黙りだしたのは、図星だったからなのかなんなのか。不機嫌そうに顔を顰めるタイガに、カケルは腕を組み、うんうんと頷く。
「LINEは交換してるんでしょ?」
「…してる」
「んじゃ~バンバン送ってー、予定つけてーアプローチしなきゃね~?」
「んなチャラついたことできっか!」
「じゃーずっとこのままだね」
「こっ……」
「なまえさんからアプローチしてくれるならいいけど、あの調子じゃタイガきゅんから行かないとこのまま終わっちゃうよ~?っていうか女の子からのアプローチ待つ方がよっぽど男らしくないんじゃな~い?」
「べ…別に待ってねぇよ…」
声が小さくなってきたタイガにカケルは少し言い過ぎたか、と笑う。
「…ま、タイガきゅんにしてはLINE交換してるだけでも褒めてあげるべきなのかにゃ~」
「別におめぇに褒められたくねえよ」
「もーほんと可愛くないんだから~。ま、少しずつでも頑張らないとね~?」
「…」
「なまえさん、タイガきゅんのことまんざらでもなさそうだしさ~チャンスチャンス」
「へっ」
帰路についていたタイガの足がぴたりと止まる。
「え?なに、気づいてない感じ?」
「…お前それ、適当に言ってねーだろーな」
「適当じゃないよ~。結構チャンスあると思うけど?」
「……ふぅん」
「あ、嬉しいんだ」
「はぁ!?だからちげーって!!」
「そんな真っ赤な顔されて言われてもなぁ…」

タイガの恋愛のスタートは、まず自覚するところからか、とカケルはこの先が長そうな恋路に思いをはせたのだった。