煌めく人

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オバレが結成した時に開いたプリズムショーの会場は、普段は人通りも少なく閑散としている。元々そんな場所だから、人を集めて大きな音が出るライブやショーが可能なのだが。タイガは寮の買い出し当番のとき、いつもその静けさが気に入って少し遠回りだがここを経由して帰っていた。

今日もミナトに頼まれたものを買い、この公園を通りながら帰っていると。

(…ん?)

公園の端の方にあるベンチに、一人の女性が座っている。ここからはちょうど後ろ姿しか見えないが、あれはーー

(…なまえさん…?!)

間違いない。見覚えのある服に、タイガは思わず立ち止まった。

(…どうすっか)

話しかけるか、黙って立ち去るか。なまえは後ろを向いているし少し距離があるから、こっちには全く気づいていないだろう。
このまま何も気づかないふりをすれば、おそらく何もなく終わる。
話しかければーー…もちろんなまえは振り向いてくれるだろう。
しかし特に用事があるわけでもなく、話しかけた所で何を話せばいいのかもわからない。

(こういう時、あいつなら上手くやるんだろーけど…)

カケルの顔を思い出しながらタイガは息をつく。そもそも女性が苦手でほとんど避けてきただけに、少しだけ気になっている(とタイガは自称する)女性と話を続かせるなど、全く自信がないことだ。

(…やめっか。下手に話しかけて恥かいてもな)

そう思い、タイガが帰路に一歩踏み出した瞬間。

(ずーっとこのままだね)

ふっとカケルが言っていた台詞を思い出す。タイガは立ち止まり、数秒唸るように顔をしかめた後、なまえの元へ走り出した。

「なまえさんっ」
「…え?」

思わず勢いよく声をかけると、やはり振り向いたのはなまえだった。

「あれ、タイガくん。どうしたの?」
「あ、いや。買い出しの、帰りで…。俺よくこっち通るから」
そう言って袋を見せると、そうなんだ、となまえがふわりと笑う。
この笑い方にタイガは弱かった。なんというか、心臓の奥がくすぐったくなるような、妙な気持ちになる。
「ここ座る?」
「え…あ、はい」
ぽんぽんとベンチの隣を叩くなまえに導かれるまま、タイガはなまえと少しだけ距離をとって座った。
「…寒くなってきたね」
「…そうっすね」
はあっとなまえが息を自分の手を吹きかける。
「でもタイガくんは寒さとか強そう」
おそらく出身地のことを指して言ってるのだろう。タイガは頭をかきながら、
「いや…まあ。このくらいなら全然…っすけど。こっちは雪もほとんど降らねーし」
「そうだよね。私寒さに弱いからさ。なんかすぐ気落ちしちゃって」
そう言って再びはあ、と両手に息をかけるなまえに、タイガはふと違和感を感じる。
「…なんか、あったんすか?」
「え?ああ、いや、ううん、別に。何かあったわけじゃないんだけど」
「…でも、さっきからずっとここで…なんつーか、考え事してました…よね」
「え?見てたの?」
「え!あ!いや!違、その…俺向こうからきたから…ここ来るまでに見えたっつーか…その」
慌ててタイガが赤くなりながらごまかすと、なまえはくすくすと笑った。
「あはは、なんか恥ずかしいな。情けないところ見られちゃったね」
「え…い、いやそんな…」
「何があったわけじゃないんだけどーー仁科くんがさ」
「え。カ、カヅキさんっすか」
突然尊敬する先輩の名前が出てきたことで、タイガはびくりとした。

なまえはカヅキの近所に住む、いわゆる幼馴染だ。詳しくは知らないが、遠い親戚でもあるらしい。ただなまえ曰く「そんなに会うわけじゃない」らしい、のだが。

「うん。昔から仁科くんって、こうーー何かにつけて凄かったけど。オバレの活動もしながら、大学もちゃんと受かっててーー比べちゃダメだけど、同い年なのに私は本当何もできてないなあと思って」
なまえがぽつぽつと話し出すのを、タイガは黙って聞いていた。
(…なまえさんも不安になったりすんだな)
タイガからすると、著名な女子高に通い、成績もいいらしいーーなぜかこれはカケル情報だーーなまえがそんな不安を持っている事自体驚きだった。
「って、そんなこと言ってるヒマがあったら頑張れって話なんだけどね。ごめんね、急に…」
慌てて手を振り何かを打ち消すように笑うなまえに、タイガは少しだけ寂しくなる。
自分の前で、取り繕うようなことをして欲しくないーーなんて、言うにはまだ早過ぎるか。
「…いや…」
「…、仁科くんって本当すごいよね!かっこいいし、性格もいいし、プリズムショーもすごいし、勉強もできて…素敵な人っていうか。タイガくんが憧れるのもわかるなぁ」
「………そ…」
タイガは口を開きかけ、噤んだ。
そうなんすよ、カヅキさんは本当すごいんす!!…と同調したい気持ちと、
なんだか言いようのない、黒い霧のようなモヤモヤとした気持ちが同時に襲ってきたからだ。

(いや…そうなんだよ。なまえさんの言う通りカヅキさんはすごい…のに)

なぜこんな気持ちまで生まれてきたのか、タイガは分からずに混乱した。

(つーか…なまえさんやっぱ、…カヅキさんのこと好きなのかな)

ふっとそんな事が頭をよぎり、思わず打ち消すように頭を振る。

「…カヅキさんは!本当に、すごい人だから…俺もその気持ちは、分かります」
「タイガくん」
「でも…だからこそ、目標にできるっつーか、俺もいつかあんな風になりてえって思うし…」
ぐっと、膝の上に置いていた拳に力を入れる。
「いつか絶対超えてみせるんで!だ、だからなまえさんも…」
「私も?」
「……こ、超えましょう、カヅキさんを」
なまえはポカンとしたあと、ぱっと笑顔になり笑い出した。
「あはは、そっか、そうだよね」
「わ、笑い事じゃないっす!」
「いや、違うの、ごめん。…私うじうじしてたなって思って…そうだよね。そっか。じゃあ私もせめて勉強面だけでも仁科くんを目指そうかな?」
「…なまえさんならできるっすよ」
「うん。…頑張るよ。タイガくん、ありがとう」
「え?!や、お、俺は何にも…」
「私も楽しみにしてる。タイガくんが仁科くんを超えたプリズムショーするの」
「え…」
「その時は、最前列でペンライト振るから!緑色の」
なまえが両手を、何かを持っているかのように握りしめ、ぶんぶんと上下に振る。
「…んなことしなくていーっすよ」
タイガは耳まで赤くなりながらふっとそっぽを向く。
「ええ、なんで〜」
「…んなことしなくても…見てくれりゃ、それでいいっす…」
「…そっか」

なまえは緩やかに笑い、手を下ろした。

「絶対観に行くからね」
「…絶対っすよ」

なまえが立ち上がり、今日はありがとう、と手を振り去っていく。タイガはその後ろ姿を見えなくなるまで手を振りながら眺めていた。

(…っし。早く次のプリズムショーやんねえと)

ぐっと拳を握りこみ、カケルあたりに企画を頼もうと、タイガは買い出しの荷物を肩にかけて走り出したのだった。