最高のお返しを、君に③

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ーーライブ当日、ライブ会場。
細々とした準備に追われたり、たくさん集まった客にそわそわしたりと、まだまだこういった大イベントに慣れていないエーデルローズ新入生の7人は、それぞれに朝から忙しく過ごしていた。

「あれ~?シンちゅわん、俺っちの衣装の花、知らな~い?この辺に置いておいたんだけどねん」
「ええっ?さっきはなかったですけど…」
「ああ、それならさっき西園寺があっちの箱に入れていたよ」
「わわわ、すみません!後で使うからと思ってこっちに…うわっ!」
「レオ、危ないぞ。転ばないように、気をつけろ」
「ふえっ?!ユキ様ありがとうございますぅ…あ!ユキ様ボタン!」
「ん?」
「外れかかってますよぉ~!えーと、針と糸、針と糸…」
「あーっ!ぼ、僕、これ違うシャツ持ってきちゃったかも……」
「シン、これじゃねーの?衣装に使うやつ」
「あ、それだ…ありがとうユウくん!」
「俺の名はゼウスだ!今日は一日、常にゼウスと呼べ!」
「えっ…あっ、ごめんねユ……ゼウスくん」

それぞれが間髪入れずにわぁわぁと口を開く中、穏やかな口調でミナトが手にお盆を持ち、現れる。

「はいはい、みんな。まだまだライブまでには時間があるからね。少し落ち着いて、腹ごしらえでもしようか」
「うっひょ~!ミナトっちのごはん~!」
「わあ、おにぎり!美味しそうです~っ!」
「具なに?俺鮭がいい」
「わたしは梅干しがいいです〜!美容効果もあるんですよね!」
「えーじゃあ俺っちはぁ~…」
「カズオ、卵焼きもあるよ」
「マッジ~!?ひゃー、テンションあがるぅ。…って、俺っちはカ・ケ・ル!」
「ミナト、済まないな。忙しい時に」
「いや、僕がやりたくてやってることだからね」

ミナトが大きな盆にのせたたくさんのおにぎりに、皆が群がる。思い思いに選んで食べる中、カケルはふと、隅の方で静かにしているメンバーが若干一名いることに気が付いた。
結局迷いに迷って決められなかったおにぎりを、さっとランダムで手に取りながら、カケルはその「一名」にそろそろと後ろから近づいた。




(…よし。ライブの流れは完全に頭に入ってる。動きも何十回と練習したし。問題は……)
自身の手を握ったり開いたりしながら、タイガは頷く。
(……ライブ後だな。終わったら、着替えて、なまえさんに会いに行って…これ、渡して)
タイガは衣装に身を包みながら、掌に収まるほどの小さなそのプレゼントをぎゅっと握りしめた。
(バ、バレンタインありがとうございました、ってことと…すげー美味かったです、ってことと…伝えて)
ちらりと、レオが3つにまで候補を絞り込んだ後、なんとか自分で選んだそれを見る。
(……ん、んで、その流れで、これはあの時のお礼ですっつって渡せば…わりと…自然だよな…多分)
「……」
そわそわと親指を意味もなく回して動かす。
ーーもし、いらない、と言われたら?
ぽつりと勝手に浮かんできた考えが、タイガの両肩にずしんとのしかかる。
(……い、いや。仮にそう思ったとしても、なまえさんはんなこと言わねーだろーけど……でもかえって迷惑になったら……)
もやもやとやたらに次々思いつく悪い考えを振り払うように、タイガは首を勢いよく横に降る。
「だー!やるっきゃねーだろ!」
バチン、と両頬を自ら挟むように叩き、気合いを入れ直す。
本命だか義理だかはわからないが、とにかく好意をもらったのは確かだ。だったら、その感謝は返さなきゃいけない。
そう自分に言い聞かせる。
(…それに)
好意だったらそもそも、こっちの方がたくさんあるのだから。
タイガは渡す予定のプレゼントをみつめながら、ぎゅっと片手を握りしめた。




「タ・イ・ガきゅ~ん?ずいぶんおとなしいけどどうしちゃったの~?もしかしてライブ前でビビっちゃってる感じ?」
「うわっ!!……ん、んだよびっくりさせんな……つーかビビってねえ!」
「いやだーって、皆がおにぎりで盛り上がってるのに何にも食いつかないからさ」
「え?」
そこで初めて、タイガはミナトが出してくれたおにぎりに気が付く。
「ああっ!」
「あ、気づいてなかったの?美味しいよ~これ」
「んなこた分かってるよ!」
慌ててタイガもミナトの元におにぎりを取りに行き、座って豪快にかぶりつくと、カケルが足を組んで隣に座り直す。
「で、何考えてたの?ライブのイメトレとか?」
「え?あ、あー……まあ、んなとこだ」
「気合入るよね~。俺っちたちで作り上げたライブだし!そ・れ・に〜、タイガきゅん的には、なんてったってなまえさんも来るわけだし♪」
「ゲフッ!…ゴホッ、ゴホッ」
不意に出た「なまえ」という音に、思わず反応してしまう。
「うわっ!相変わらず反応いいな~タイガきゅん。はい、水」
「っ……、おめぇな……」
渡された水を一気に喉に流し込み、口元を拭った。
「…あれ。その手に持ってるの、もしかしてなまえさんへのプレゼント?」
「へ?……え、あ、や……ま、まあ……」
「ふ~ん」
「…んだよ」
「ふ~~~ん。いいじゃん、やるじゃんタイガきゅ~ん」
「はあ!?つーか寄んな!」
カケルが嬉しそうにタイガの肩に手を置きニヤリと笑うと、レオが小走りに近寄ってきた。
「あ、カケルくん!さっき言ってた花、ありましたよ〜!……って」
「あ、ありがとねん♪ん?どしたの?」
「タイガくん、もしかしてそれ、なまえさんへのプレゼントですかっ?」
レオがタイガの手元に注目しながら、手を胸の前で合わせる。タイガは照れ臭そうに後頭部に手を当て口を開いた。
「あ?あ、あー…まぁ。…あん時はサンキュな。おかげでなんとかそれっぽくなった」
「いえいえ!素敵なプレゼント選びのお手伝いができて良かったです♪なまえさん喜ぶといいですね!」
その二人のやりとりを聞いていたカケルは、きょとんとした目で二人を交互に見る。
「え、なになに〜?タイガきゅん、ちゃんレオにプレゼント選んでもらったの?」
「あ、いえ、私は少しだけアドバイスしただけで。選んだのはタイガくんですよ♪」
「いや、つーか……、……まぁ。んなとこ…」
「え〜〜っ?!なにそれなにそれー、そんな面白いことになってたんなら俺っちにも言ってよ〜!」
「面白いことじゃねえよ!こっちは真剣に……、あ、いや、まぁ」
声を荒げるタイガだが、「真剣」と言ってしまったことに一人頬を赤らめ、言葉を濁す。そんなタイガに、カケルはにんまりと笑いながら腕を組む。
「じゃあ!俺っちはタイガきゅんがなまえさんにそのプレゼントをちゃーんと手渡すところまでプロデュースしちゃおっかな〜♪」
「わぁ、素敵ですね!」
「は?!ばっ…い、いらねーよ!んなの!」
「またまた〜、素直じゃないんだから〜♪」
「いやマジで!つか近寄んな!」
「おーい、カズオ、香賀美、西園寺〜。そろそろリハーサルをやるそうだよ」

ミナトに声をかけられ、3人は慌てて身支度を整える。タイガは残りのおにぎりを口に放り込むと、ちらりとプレゼントを見てリュックの中に戻した。

「っていうかカズオじゃなくてカケルだからっ!んも〜ミナトっちってば〜」
「もういい加減観念したらどうだ、カケル」
「えっ?!ちょっとユキちゃんまで?!」

廊下の先、上学年3人組が楽しそうに歩く後ろを歩きながら、タイガはふと天井を見上げた。

(……なまえさん、いま何してんのかな)

そろそろ家を出る頃だろうか?なまえの部屋をぼんやり思い出しながら、タイガは意識を集中させるように目を瞑り、静かに息を吐いた。




***




「…わ、結構広いところでやるんだなあ」

なまえはタイガからもらった招待券を手に、会場の入り口を見上げていた。ライブ開始の1時間前だが、客と思しき大勢の女性たちが、既にがやがやと集い、賑わいを見せている。物販のテントなどにも列が見え、なかなか盛況なようだ。
「えーっと。…普通にここから入ればいいのかな?」
入場と書かれた板を頼りに、チケットをもぎるスタッフとその人にチケットを渡している客がずらりと並ぶ列を見つけ、なまえは一人呟く。
列の後ろに並ぼうと、会場から離れてキョロキョロと首を動かしていると、後ろから「よっ!」と元気な声が聞こえた。

「あ、仁科くん!」
「あいつらのライブ見にきたのか?」
「うん。タイガくんがチケットくれて。…あのさ、これって、ここから入ればいいのかな?」
バレないようにか、帽子を目深にかぶりサングラスまでかけているカヅキは、なまえの出したチケットを見てああ、と声を出す。
「招待券なんだな。だったら、こっちだよ」
カヅキがくいっと反対方向に親指を向ける。なまえはそのままその男の背中に慌ててついて行く。

連れていかれたところは、会場の2階の斜め横に配置された、ちょっとしたテラスのような場所だった。会場全体を見下ろせるつくりになっており、ステージも2階にしては近く見える。
そしてそこには、それぞれ様々な変装グッズに身を包んだOver The Rainbowの姿もあった。
やあ、と片手を上げてサングラスをずらしウインクするヒロに、腕を組み微笑むコウジがそこにいた。

「あ、みんなも来てたんだ」
「内緒でね。後輩が頑張るっていうんだから、来ないわけにはいかないよ」
「そうだな」
「……色々あったみたいだけど、なんとか自分たちで準備できたみたいだね」
「ああ。しっかし、バレンタインデーのお返しライブなんて面白いことやるよな」
「タイガは結構反対してたみたいだけどね。たしかにタイガには馴染みはないだろうけどーー」
「あ、そっか…それで呼んでくれたのかな」
弾む話に、ぽつりとなまえが呟くと、三人は「ん?」と首を傾げそちらをむいた。独り言に反応されるとは思っていなかったなまえは、少し慌てたように手を軽く振る。
「あ、いや。私バレンタインにタイガくんにチョコあげたから、それで今日のライブに呼んでくれたのかなって」
三人はえ、と顔を見合わせる。
「…なまえちゃん、タイガにチョコあげたんだ」
「え?うん。……ん?あ、もしかしてだめだった…?」
もしかすると、エーデルローズ生にはチョコレートはあげてはいけないとか、プレゼントするにしても何かルールとか手続きとかあったりしたのだろうかーー。なまえは手に口をあて、慌てたように目を丸くする。

「いや、全く」
「うん、喜んだと思うよ」
「…??うん…?そ、それならいいんだけど」

真顔で頷くヒロとコウジにきょとんとしながら、なまえはほっと胸をなでおろす。ヒロは斜め上を見て、なにかを思いついたようにニヤリと笑い、なまえに話しかける。

「でもさ、なまえちゃん。もちろんその意味もあるんだろうけど、わざわざ招待券をくれたってことはさ…」
「ヒロ」
ヒロがにやりと笑って得意げに人差し指を立てると、コウジがやんわりとヒロを牽制する。言い過ぎないで、と目が訴えていた。
「…まあ見てもらいたかったんだろうねなまえちゃんにさ」
無難なところに結論を落ち着けると、なまえはそうなのかな、とわかっているのか分かっていないのかーーぼんやりとした返事を返した。

その後、3人はライブが始まるまでの短い間にも、仕事の電話に出たり、別の仕事の台本を読むなどして忙しそうに動いていた。

「悪ぃ、なまえ!ちょっと打ち合わせしなきゃいけないことができたから、俺たち別室に行ってる」
「あ、うん」
「多分ライブの途中に戻って来れると思うけどーーその辺にあるドリンクとか自由に飲んでいいから、まあ気楽に見ててくれ」
「うん、大丈夫」

カヅキがそう言うと、3人は慌ただしく「ごめんね!」と言いながら部屋を出ていった。

「…やっぱり忙しいんだなあ」

Over The Rainbowはーーと、出ていった3人を心中で労わる。
なまえはこの空間で一番ステージが見やすい位置を探し、そこに座ってペンライトを準備する。

「えっと…ここで色を変えるんだよね」

アイドル好きの友人から借りたペンライトを、教えられた通りに試す。

「タイガくんは…緑だっけ」

カチ、とスイッチを押して緑に合わせ、なまえはじっとその緑色に光るペンライトを見つめていた。

(……いよいよ観れるんだなあ、タイガくんのショー)

ペンライトを握りしめて会場を見る。もう既に掛け声や歓声、拍手が起きているその様子を見ながら、なまえも合わせて拍手をする。

ほどなく、ライブが始まることを告げる音声が流れる。これはカケルの声だろうか。いつもと違って真面目で大人びたその喋り方に驚いていると、イントロが流れだし、暗かったステージの上がパッと明るくなる。

きゃああああ、と巻き起こる歓声。

エーデルローズのみんなが一斉に登場し、歌を歌い出す。

(…あ、タイガくん)

色違いで揃いの衣装に身を包んだみんなが、楽しそうに踊り歌う。

「すごい…」

思わずぽつりと言葉が口から溢れる。
慌ててほかの観客と同じようにペンライトを振りながら、なまえはエーデルローズのライブに吸い込まれていくように夢中になっていた。




***




あっという間に、ライブも中盤に差し掛かっていった。
次の曲紹介をするエーデルローズの皆の声がしたかと思うと、パアッとステージが輝き、タイガとカケルが揃いの衣装でーー正確には、コラージュなどに違いはあるがーー現れた。

再び、わああああ、と大きな歓声が鳴る。

なまえは目を見張る。
いつもとは違う、白いスーツに身を包み緑のコラージュをつけたタイガが、力一杯踊り、客を盛り上げている。
スーツによる動きにくさなど全く感じさせないダイナミックな動きをしたかと思えば、おそらくうちわに何か書いてあったのだろう、軽くファンサービスをするタイガ。カケルと息を合わせてデュエットを歌いあげる。そういえば、タイガの歌をこんなにしっかり聴くのは初めてだ、となまえはぼんやりと思っていた。

(……タイガくん)

ペンライトの使い方も慣れてきて、もうなんの曲でも対応できる、と思っていたはずだったのにーー握りしめたまま、動かすこともせず、なまえは窓ガラスからみるその光景に見とれるようにつっ立っていた。

(そっか…すごいな、プリズムショーって)
なまえはガラスに手を当てて少しでも近くで見ようと目を近付ける。
(タイガくんが見てほしいって言うのもわかる)
思わず口に手を当てた。
(タイガくん、あんな表情、するんだ)

タイガの一挙一動に、思わず目が奪われる。何かを指差すその人差し指の先から、元気よく揺れる髪の毛、力強い足の動き。気付いたら、なまえはタイガばかりを目で追っていたようでーー後ろから、何度も声をかけられていることにも気がつかなかった。

「…い、おい」
「……」
「なまえ!」
「……ん?え?あ、に、仁科くん?!い、いつの間に……」
肩を叩かれようやく気がつく。慌てて振り返ると、心配そうに眉をひそめたカヅキがそこにいた。
「今戻ってきたばっかだけど……いや、お前、かなり顔が赤いから、大丈夫かと思ってな」
「へ?!」
なまえは慌てて隠すように頬を手で覆う。確かに、触れた手が熱い。
「なんかぼーっとしてるみたいだったし…大丈夫か?この部屋そんなに暑いか、だったら温度下げて……」
エアコンのリモコンを手に取るカヅキに、なまえは慌てて否定するように手を必死に横に振る。
「あ、い、いやいやいやだいじょう、ぶ!」
「や、でも」
「ほんとに大丈夫だからっ…!」

なまえが首も合わせて全力で横に振り、縋るように言うと、カヅキは「そうか?」と心配そうにしながらもエアコンのリモコンを置く。

「う、うん」
なんとなくカヅキの方を見られず、なまえは再びライブ会場に目を向けた。

ファンの大きな歓声と共に、会場のボルテージは最大まで上がっていた。

「いやー、大盛り上がりだな!あいつらもでっかくなったなあ」
「……うん…仁科くん」
「ん?」
「……プリズムショーって、凄いんだね」

ガラス越しに、目を潤ませながらステージを見つめるなまえに、カヅキは少し目を見張りながら、ああ、と一言力強く答えた。




***




「……どうしよう」

ライブが無事盛況の中終わり、客も帰路に着く頃。
なまえはグリーンを基調にした花束を手に、なまえはぼんやりとつったっていた。

この花束は先日、せっかく招待してもらったのだからと、なまえが花屋で注文し、楽屋に届けてもらったものだ。ーーいや、届けてもらう、はずだったのだが。なにをどう間違ったか、本人たちのいる楽屋ではなく、注文した自分のところに来てしまった。

下手にこんな部屋にいたからだろう、スタッフはなまえの名前を確認すると安心したようにこの部屋に花束を置いていってしまったのだ。

オバレの3人は、ライブが終わった直後にまたどこかへ出て行ってしまった。自分も帰ればいいのだろうが、これをここに置いておくわけにもいかない。

かといって、楽屋に自分が直接持っていくとなるとーー

(……当たり前だけど、タイガくんに、多分会うことになる、よね)

タイガの顔を思い浮かべると、なまえの両頬がかあっと赤くなる。慌てて首を横に振った。

(い、今は……無理。会いたくないわけじゃないけど、でも)

先程目に焼き付いたライブの情景が、いまもまだ鮮明に目の裏に残っている。

それを思い起こすだけで、心臓が破裂しそうになるのだ。そんな状態で、本人に会えるわけがない。

どうしようかとなまえが考えていると、ドアの開く音がした。カヅキだ。
よ、悪いなドタバタして、といつものように話すカヅキに、なまえはほっと息をついた。

「ううん、別に…」
「ん?おお、なんだそれ。すげーな!緑ってことは……タイガにか?」
「へっ。…え、や、あの…うん、まぁ…なんだけど……その!わ、悪いんだけどこれ、仁科くんがタイガくんに渡しておいてくれない、かな……間違って、ここの部屋に届いちゃって」
慌てながら、恥ずかしそうに花束を渡すなまえに、カヅキは目を丸くする。
「え?いや、別にそれはいいけどよ……、でもこういうのは自分で渡した方がいいだろ。楽屋すぐそこだし、わかんねえなら案内してやるから……」
カヅキが指を指しながら部屋を出ようとすると、なまえはさらに慌てて手を振った。
「あ、い、いや!……そ、その、私ちょっと帰らなくちゃいけなく、なって…だから…ほ、ほんとごめんなんだけど、渡しておいてくれないかな?!すごくよかったって言っておいて。じゃあ!」
「え?あ、おい!」
花束をカヅキに押し付け、なまえは駆け出して外に出る。そんななまえの背中を見ながら、カヅキは笑いながら一つため息をついた。
「……なんか急用か?……ったく、しかたねえなあ」




***




カヅキはなんやかんやで渡されたーーほとんど押し付けられたと言っていいがーー花束を片手で持ち肩に乗せ、今しがたライブが終わったエーデルローズ生7人が着替えているであろう楽屋をノックした。

はーい、という声が聞こえて中からドアが開く。
Over The Rainbowの仁科カヅキの突然の来訪に、タイガはもちろんのこと、ほか6人も一斉にカヅキの方を見る。観に来てくれてたんですか!と各自が驚きの声をあげ、カヅキはさらりとヒロとコウジも観に来た事実を伝えた。突然のサプライズの中、湧き上がる7人に笑いながら、カヅキはタイガに目を向ける。

「よ、タイガ!お疲れ!ライブよかったぜ」
「カヅキさん!あ、ありがとうございます!…ちょ、ちょっとあの…ストリートっぽくなかったかもしんねえっすけど、その…」
「そうか?フリーダムですげーアツかったし、俺はいいなと思ったよ。ファンのみんなにもいいお返しになったんじゃないか?」
「あ…あざっす!」
タイガはホッとしたように笑顔になる。
「…つーか、それなんすか?カヅキさんがもらったんすか」
カヅキが持っていると、全体的に緑でつくられたその大きな花束は、否が応でも目につく。その色から判断し、タイガがそう言うと。
「ん?ああ、いや、これはーーなまえからだよ。あいつも、お前のショーすげえ楽しそうに見てたぞ。で、これ、渡しておいてくれ、ってよ」
「……え。なまえさんが、俺に?」
タイガは目を丸くしながらおそるおそるそれを受け取る。
「うっひょ〜!すっごいじゃんタイガきゅーん。スタァっぽいスタァっぽい!写真とろ写真〜〜」
隣で着替えていたカケルが、ヒュウ、と口笛を鳴らしてタイガの肩にのし掛かる。
「ったく、あいつも自分で渡せばいいのになあ。顔真っ赤にして俺に託して、すぐ帰っちまって」
恥ずかしいのかな、とあっけらかんというカヅキに、カケルはえっ、と驚きの声を上げる。
「…カヅキさん。ちなみになまえさんっていつ帰られたんですか」
「ん?いやついさっきだよ。俺も託されてそのままここに来たからーー10分くらい前か?」
「タイガ!」
急に珍しくカケルに名前を呼び捨てにされ、タイガはびくりと肩を震わせる。
「あ?な、なんだよ」
「追いかけなきゃ!なまえさん!これ絶対追いかけた方がいい!」
「え」
「これマジなやつだから!ほらいいから行って!お礼言ってきて!」
花束を持ち、カケルが真剣な目つきでタイガをみる。タイガはしばらくカケルのいつもと違うその様子を見て、なにか言いかけたのち、頷く。
「……わかった」
悪い、と一言ことわると、タイガはその衣装のまま、何かをポケットに突っ込み駆け出した。
「タイガ!なまえは招待席から直接出口向かってたぞ!」
あわててカヅキが声をかけると、もう廊下の先で小さくなった後ろ姿から「あざっす!」という声が反射して聞こえた。

「…ところで、なんで追わせたんだ?」
「いやぁ~、俺っちの勘が正しければ、タイガきゅんにいい風が吹いてきてる気がしまして」
「ん…んん?」
ピンときていないカヅキに苦笑しつつ、カケルは花束を置き、ステージ衣装を着替え出す。
「んじゃ、俺っちたちも追いかけよっか、シンちゅわん♪」
「え…え?!僕たちもですかあ?!」
ちょうど衣装の上着を脱いだところだったシンは、慌てて振り返る。
「だって面白くなりそうじゃん♪さあさあ、早く着替えた着替えた〜」
カケルは眼鏡をかけ直しながら、にっと笑顔でシンを促した。




(……よくわかんねえまま走ってきちまったけど)
タイガは全速力で駆けていた足を一旦止める。
(どこにいんだ、なまえさん…)
肩で息をしながら、タイガは関係者入り口の付近をキョロキョロと首を左右に向けて探す。
帰りがけのファンに見つかるとさすがによくないだろうと、なんとなく少し身をかがめつつ歩く。

「……つーか…なんであいつ、いきなりあんなこと言ったんだ」
手の甲で額の汗を軽く拭う。カケルの突然の真剣な目を思い出し、タイガは呟いた。

(…でも)
さっきこの手で受け取った花束を思い出すように、自身の両手に視線を落とす。
(……たしかに、なんでなまえさん…直接俺に渡してくれなかったんだ?すげえ嬉しかった、けど…)

そんなことを考えながら、再びふと顔を上げる。ーーと、暗闇の中に、突然目に入る白いスカート。あれはーー
(ーーなまえさんっ)
思ったときには声に出していた。もう一度足の力を振り絞りダッシュして、ふりむきかけたその腕を掴む。
「なまえ、さん…」
「ーーえ。タイガくん…?」
ぜえぜえと息を切らしながらタイガは膝に片手をおき、もう片方の手でなまえの腕を掴んでいた。
ライブ後のダッシュは脚にくる。
「ど、どうして…」
「…どうしてって」
息を整えながらタイガは背を起こし、なまえを見る。
「こっちが聞きたいっすよ。…なんであんな立派な花束…直接渡してくれればいいのに、なまえさんいないんすか」
少し憮然として答えると、なまえはふわりと笑う。
「あ、仁科くん届けてくれたんだ」
「…もらいましたよ。ありがとう、ございます。すげー、…嬉しかった」
「そっか。よかった」
「……ん……、あ、じゃなくて。なんでいなくなっちゃうんすか、礼も言えないとこだった」
「あ…ごめん。えっと…ん…なんか、恥ずかしくなっちゃって。その、さっきまで目の前でライブしてた人に会うとなるとさ…はは」
照れたように笑い頰を掻くなまえに、タイガは目を細める。
「…別に…俺は俺です。いつもと変わんねえし」
「そう、だね。…で、でもほら!衣装も違うし、なんか緊張しちゃうっていうか」
タイガはまだ白いスーツに身を包んでいた。それを指して、なまえが照れ臭そうに言う。
「…これは…まぁ、今日はたまたま…っつーか。いつもはこんな…」
「でも似合ってるよ。すごく」
「……そっすか」
タイガは目をそらし、腕で顔を隠す。
この暗闇だ、耳まで熱くなっているのは分からないだろうとタイガはほっと息をつく。
「うん。あ、ていうかタイガくん、ここ見つからない?大丈夫?」
なまえは思い出したかのようにタイガの腕を押し、会場隅の死角へと誘う。
「まだ物販やってるし、みんな会場の外にいるから」
会場隅の、非常階段へとつながるちょっとしたスペースで、タイガは見つからないよう少しだけ身をかがめた。なまえとの距離がぐっと近くなる。少し伏したなまえの目に蛍光灯の明かりが差し、睫毛の影ができるのを見つめながら、タイガはごくりと生唾を飲んだ。ぐ、っと手を握りしめる。

「あ…あの、なまえさん」
「ん?」
「その、これ」
「え?」
タイガはポケットの中からごそごそと何かを取り出し、なまえの両手の上に乗せる。袋に包まれており、中身はわからない。なまえは目を丸くして尋ねる。
「…?これなあに?タイガくん」
「…あー、その…あれっす…ほ、ホワイトデーの…っつーか…、その。この前のお返し…っつーか…」
がしがしと髪の毛を揺さぶりながら、タイガはなまえの目を見ずに話す。
「え?チョコレートの?」
「はい…あ、あの!すげー美味しかったです、あれ。ありがとう、ございます」
「ほんと?よかったー」
なまえが笑うのにつられて、タイガも微かに笑う。ひとまず、お礼を伝えることはできた。あとは、お返しだ。
「だ、だから。そのお返しで…」
「え…でも、もうもらったよ?今日のライブで、充分に」
「そ、それは…ファン宛てっつーか…その…なまえさんはその、そういうのとは別でもらったし、だから…」
「え…」
「あ!あーでも、別に、いらなかったら、捨ててくれりゃいいんで!その!…俺よくこういうのわかんねーからなんか…なまえさんいらないかもしれないっすけど」
タイガはどんどんと言い訳めいた台詞を重ねていく。なまえの反応が怖くておもわず目を逸らした。捨ててもいい、訳はないが、思わず出てしまった言葉にタイガは自分で自分の首を絞めてしまったと眉を顰める。
「…開けていい?」
「あ、っす…」
なまえはそんなタイガの気持ちを知ってか知らずか――おそらくは全く知らないのだろう――簡易な袋を開けていく。そのリボンを解いていくなまえの指を見ながら、タイガは緊張した面持ちでその様子を伺っていた。
「ーーわ、かわいい」
なまえがぱっと笑顔になるのをみて、タイガはやっと安心したように頬を緩める。
なまえが手に持っているのは、緑や黄緑の石でできたブレスレットだった。
かろうじてついている電灯に、それを掲げ、なまえは下からそのブレスレットを覗き込む。
「すごい。…きれいだね」
「…はい」
「それに、可愛い……、ありがとうね、タイガくん。これ大事に使うよ」
「…は、はい。ぜひ…」
よかった、と安堵のため息が漏れる。レオに相談して正解だったと、心の中で感謝した。
「でも…なんか逆にごめんね、チョコあげたからお返ししなきゃいけないみたいになっちゃって」
「え?!い、いや!すげぇ嬉しかったんで…そんなことないっす!それより…」
「それより?」
「や、その。なまえさんが気に入らなかったらどうしよう、って思ってたんで…」
「すごく気に入ったよ」
「はい…」
「…あのねタイガくん」
目を伏せていたなまえが、ふっと顔を上げる。いきなり飛び込んできた視線に、タイガは一瞬息をのんだ。
「はっ、はい?」
「えっと……、私からもお礼言わなきゃ、と思って。その……ライブ、すごく楽しかったよ。ありがとう」
「!マジっすか。…あざっす!」
「うん。ほんとに、すごく、すごく……」
なまえはさっきの情景を噛みしめるように、目を瞑る。
「ほんとにすごく、楽しくて、きらきらしてて…素敵だったよ。ありがとう、この世界を教えてくれて」
「…なまえさん」
頬を赤く染めながらタイガを見るなまえに、タイガは何も言えなくなる。なまえの目は、驚くほどきらきらと煌めいていて、タイガは思わずじっと見入ってしまった。こんなに輝いているのは、蛍光灯が近くにあるからなのか、月の光のせいなのか、それとも――
なまえもまた、それ以上何かを言うことはなく、二人はしばらく無言のままお互いを見ていた。




そんな様子を数メートル先から覗き込んでいたカケルは、声こそ聞こえないもののその甘い雰囲気だけを感じ取り、ため息をつく。

「…ねえシンちゅわん。あれで付き合ってないんだよあの二人…信じられる?」
「へ、へぇっ?!ぼ、ぼくに言われても…!」
「あーんなにいい雰囲気なのにねん。もーいま告っちゃえばいーのにタイガきゅ…あ!こっちきた!やばい隠れてシンちゅわん!」
「へ、へっ?う、うわあっ」

通路の角からひょっこり顔をだしていた二人は、なまえとタイガがこっちに歩いてくるのを見て慌てて隠れる。近づくにつれ、少しずつ会話が漏れて聞こえてきた。

「…でも、いーんすか本当に。帰り、送ってかなくて」
「うん。この後打ち上げとかあるでしょ?いいよ、わざわざ」
「いや、でも…外暗えし、一人じゃ…」
「暗いっていっても、そんな、深夜じゃないし」
「でっ、でも……」

シンの口を手でやんわり塞ぎながら、カケルはその様子を影から見守る。すると、また別の第三者の男の声が割り入ってきた。

「おー、無事会えたんだな、二人とも」
「カヅキさん!」
「仁科くん」

カケルからは見えないが、カヅキが廊下に出てきたのは分かった。
なんかモメてんのか?と屈託なく聞くカヅキに、タイガが説明する声が聞こえる。

「いやモメてはないっすけど、なまえさんが一人で帰るっていうから…俺、送るって言ってるんですけど」
「タイガくん心配しすぎだって。私タイガくんより年上なんだよ?」
「いやそーいう問題じゃ…」
「それに私のせいで打ち上げ出れないなんて、そんなの申し訳なさすぎるし」
二人の言い合いで何が問題になっているかを察したカヅキは、腕を組む。
「ん~?あー、じゃあ俺が送ってくか。ちょうど俺たちも帰るところだし」
「えっ」
「いや、いいよ仁科くん、そんな…」
「いや俺たちも打ち上げ出たかったんだけどな。明日結局早朝から仕事になっちまったから」
どうせ方向同じだし、とカヅキがにかっと笑う。
「い、いいんすか。カヅキさん」
「おう。朝飯前だ」
「い、いやいや、二人とも。そんな、いいって…」
慌てて二人をきょろきょろ見るなまえに、カヅキはははは、と笑う。
「いいから送られとけ、って。じゃないとこいつ安心できないんだよ。な?」
「あ、は、はい!」
「そんな状態で打ち上げでたってそわそわして気が散るだけだしな。ここはタイガを思って送られてやってくれ。な」
「……前も同じ理屈聞いた気がする」
なまえが反論できなくなり、少し眉をひそめてそう呟くと、カヅキとタイガは目を合わせて思わず笑った。
「お前、結構頑固だからなあ」

そんなこんなで、カヅキとなまえは帰路につき、タイガは名残惜し気にその様子を見ながら、踵を返し元の部屋へと戻る。
三人の声と足音が完全に聞こえなくなってから、そろそろと姿を現すシンとカケル。

「よく聞こえなかったけどー、なんかなんか、いい感じ?」
「…あ、あの…僕たちそろそろ戻らなくて大丈夫でしょうか……」

探偵のように意味深に微笑むカケルの横で、シンは一人困ったように頬を掻いた。