最高のお返しを、君に②

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バレンタインへのお返しに、ファンにホワイトデーライブをする――その話を聞いた時は猛反対し――特にカケルに突っかかったタイガだったが、紆余曲折を経て、結局はカケルとも仲直りをし、ライブの構成を考えていくこととなった。

「ま~でもほんと、タイガきゅんが来てくれて助かったよん」
「……っせーな」
「照れ屋さんなんだから~。っていうかさ、タイガきゅん」
「あ?」

カケルの部屋で、ライブの曲構成などを考えていたとき。カケルがふと思いついたようにタイガにニヤニヤとした表情を見せつける。

「…んだよ気持ち悪ぃ」
「ひど!…じゃなくてさ、なまえさん!誘ったの?ちゃんと」
「は?」
「だーかーら。今回のライブにさ。なまえさん、いい機会だから誘っちゃえばいいじゃん、って。もうチケットとかあげたの?」
「…別に。っていうか、ライブやるって言ってねぇし…」
「は~!?」

なまえ、という単語を出すと急に顔を赤くさせ、ごにょごにょと語尾を小さくするタイガに、カケルは目を見開いた。
慌てて椅子から立ち上がると、カーペットの上に胡座をかくタイガの隣に、カケルにしては勢いよくどかっと座り、威勢良く口を開いた。

「何やってんの!?バレンタイン、チョコもらってたじゃん」
「や、そうだけど」
「まさにお返しのライブでしょ!?なまえさん呼ばなくてどーすんの」
「お、お返し…っつーか、そういうのはする…って!でもライブはなんつーか……」
「何」
「……いやなんか初めて見てもらうライブがこれっつーのも」
「は~!?何恥ずかしがってんの今更~!?」
「は!恥ずかしがって…るわけじゃ」
「何~、ほんとならゴリゴリのストリートのショーやって、男らしさ見せつけて~?『わぁ~タイガきゅんってばかぁっこいい~~♡』…ってなまえさんに思われたいってこと~?」
「ち、違えよ!!つーかなまえさんはんなこと言わねぇ!!」

カケルが両手を組み合わせ、小首をかしげたような真似をすると、タイガは赤面したまま大声で突っ込む。カケルは真顔に戻り、腕を組んだ。

「でも逆にさ~、かっこいいって思われたいんなら今回の弟くんが作ってくれたアレ、結構いい感じだと思うんだけどねん」
「…まぁ…悪くはねーけど」
「個人でもショーやるんだし、呼んだ方がいいと思うけど。っていうか絶対なまえさん喜ぶと思うんだけどにゃ~」
「……」

なまえが喜ぶ、という言葉に耳をぴくりと反応させ、タイガは胡坐をかきながらもじもじと身体を動かす。

「…ま、まぁ…今度ライブあったら行きたいとは…言ってた…けど」
「決まりじゃん。招待券渡さなきゃね!タイガきゅん持ってる?」

一応みんなには必要な数だけ配ってるんだけど~、とカケルがヒラヒラとその「招待券」を見せる。一般的なチケットとは違い、オバレなど主に関係者が上の方で見守る席だ。

「あー、さっきミナトさんからもらった…1枚」
「んじゃ決まり!それがなまえさんへの『お返し』だねん♪」

カケルが笑顔で人差し指をぴんと立てると、タイガは赤くなりそっぽを向く。

「あ、あーいや…まぁ、そう…だな」
「?何タイガきゅん耳まで真っ赤にして」
「は!?し、してねえよ!」
「いやしてるでしょ。…ま、いいけど?じゃ、なまえさんにいいライブ見せられるよう、もう少し練り直そうかにゃ♪」

カケルがシャツを腕まくりすると、タイガも再び紙面を見ながら構成について話し合った。

 

 

*****

 

 

ホワイトデーのライブの前に、タイガにとって――というより、なまえにとって――一大イベントが待っていた。大学受験だ。

なまえとSNSでやりとりした結果、それが明日ということは分かっていた。なまえは落ち着いている様子――あくまで文面からだが――ではあったが、タイガは一人、そわそわした気持ちを隠せないでいた。

「…なんなのヤンキー、今日落ち着きなくない?」
「は、はあ!?ん…んなことねーよ…」
「いやないでしょ。さっきから座ったり立ったりさ~。なに、そんなにお腹すいたの?」
「違ぇよ!」
「香賀美、そんなに食べたいならお皿だけでも並べておいてくれる?」
「いやだからちげーって!」

食堂でのカケルとタイガのやりとりを聞いたミナトが、エプロンをつけたままひょっこり顔を出し、声をかける。
タイガは否定しながらも、そのまま立ち上がり皿を出し夕食の準備をし始めた。

「ご飯の問題じゃないなら~、なまえさんかにゃ~?」
「はっ!?」

カケルがタイガの横からにょきっと首を出してささやくと、タイガは持っていた皿を手から滑り落としかけ、慌てて両腕でそれを支える。

「うお!!お、おめぇな!!あっ危ねーだろが!!」
「…いやそんなに分かりやすく動揺するとは思わなかったからさ俺っちも。タイガきゅん慣れないね~」
「カズオ、食器持ってる人を驚かせたらだめだよ」
「う…ミナトっちに怒られた…」
「フン」

タイガはそれみたことかと言わんばかりに鼻で笑い、皿を持っていく。その後をついていくように、カケルはフォークとスプーンの入ったケースを持っていった。

「ってそれはさておき~。なまえさんと何かあったの?ライブのチケットちゃんと渡せた?」
「……し」
「え?何?聞こえないよ~?」
「……渡して、ねえ」
「は!?なんで~!?」

カケルは眼鏡の奥で目を丸くさせる。
そう驚かれると分かっていたのか、タイガは苦虫を噛み潰したような顔でカケルを見る。

「ちょっとちょっと~、タイガきゅんそれはいくらなんでも奥手すぎない?」
「ちっちげーって!」
「何が」
「だ、だから…その…、なまえさん、…明日、試験なんだよ」
大学の、とタイガが言うと、カケルは目を瞬かせる。
「え?あー…あ~~…、…そういうことねん」

道理でタイガが落ち着きないわけだ、とカケルは一連のタイガの挙動に納得する。

「ま~それは確かに終わった後がいいよね」
タイガは頷いた後、言い辛そうに続ける。
「…あのよ」
「ん?」
「…受験の日って、なんか、こう。必要なもんとか…あるだろ」
「えぇ?そりゃー、受験票・筆記具・時計は当たり前として~、直前に見る参考書とかノートとか~?あ、今の時期なら女の子だとブランケットとかもって来たりしてるよね~。…って、なまえさんしっかりしてるから心配しなくても全部ちゃんと用意してると思うけど?」
「…あ、あー、まあ、そうだろうけど」

――何か力になれることはないのだろうか。
タイガは数日前から延々とそんなことをぐるぐる考え続けていた。
カケルもタイガのそんな思いを何となく表情から察したのか、再び椅子に腰かける。

「まー、気になるのは分かるけど。受験って基本、自分との戦いだし。なかなか外部がしてあげられることってないよねん」
「…そうか…」

肩を丸くして目に見えて落ち込むタイガに、カケルはうーん、と腕を組む。

「ま、強いて言うならさ――」

 

 

*****

 

 

なまえの受験日当日。タイガはなまえが受ける大学の門の近くで朝から立っていた。

(…居、居辛え…)
思わず来てしまったものの、なまえが受けるのは女子大。つまり必然的に、受験生も女子しかいないのだ。大学の門の側で、コートのポケットに手を突っ込みそわそわするタイガを、受験生がちらりと見ては去っていく。なぜ女子大の受験に、学ランを着た男がいるのかとでも思われているのだかもしれない。なんとなくコートの前を閉じ、制服が見えないようにした。元々女性が苦手なタイガは、視線を感じるたびに、居心地悪そうに肩を竦めた。
(…なまえさん、もう入っちまったのかな)
マフラーをゆるめ、はあ、と息を吐くと白い蒸気が目の前に一瞬現れ、そしてすぐに消える。

(ーーあ)

その蒸気が消えたその先に、うっすらと見えたのは。前から歩いてくる、おそらく学校指定の紺のコートを着込んだ女性の姿。
制服姿は初めて見るけれど、見間違えようがない。

「ーーなまえさんっ」
「え?」

なまえはあまり普段見かけることのない、緊張の入り混じった表情をしていたが、タイガが声をかけるとぱっと目が大きく見開かれ、表情が緩んだ。

「タイガくん?!」
「お…おはよう、ございます」
「おはよう…え、どうしたの?」
「や、あの。これ」
「え?なに?」
タイガが小さなビニール袋を渡すと、なまえは頭上に疑問符を浮かべながらもそれを受け取り、そして覗き見る。カイロがいくつかと、チョコレートらしきパッケージの箱。
「わぁ。これ、くれるの?ありがとう」
「…その、試験とき糖分取った方がいいっていうし。会場、寒いかもしれないんで」
「そっか…。ありがとう」
なまえが笑顔になったのを見て、タイガはほっと息をつく。それだけで、来たかいがあったというものだ。
「いえ。……あ、あー、じゃあ、俺、これで」
用も終わったし、いつまでも試験前に留まって話していたら邪魔だろう。そう判断し、すぐに踵を返そうとすると。
「えっ、あ、うん。……え、タイガくん…もしかして、私が来るまでここでずっと待っててくれたの?」
「あっはい」
思わず反射的に答えた後、不安になり、恐る恐る尋ねる。
「……っ、まずかった、っすか」
なまえは首を横に振った。
「え?あ、ううん違う違う。そうじゃなくて。寒い中ごめんねって思って」
「え?!や、勝手に待ってただけなんで…!」
意外な言葉に、目を丸くする。
「そっか。でも、ありがとう」
「や、別に…」
タイガは斜め下に視線を外す。
「寒かったでしょ?」
「……や、全然。俺、雪国育ちなんで」
そう強がってみせると、なまえはあはは、と笑った。
「そうだったね。でも、鼻赤くなってるよ?」
「え」
タイガが思わず隠そうとすると、なまえがそれより先に手を伸ばし、微かに鼻先に触れる。手袋越しではあるが、その感触にタイガは息をのんだ。
「ほら。――あれ?…なんか、心なしか頬っぺたも赤いかも。ごめん、やっぱり寒――」
「やっ、ちっ、違うっす!これは……あの!青森じゃよくあることなんで!」
「えっ?そ、そうなの?」
「そうっす!」
我ながら無茶苦茶な理屈だとは思いつつ、声量で押し通すと、なまえは何をどう解釈したのか、「そっか、タイガくん肌が白いから余計目立つだけかもねぇ」と一人頷き納得していた。
「でも、ちゃんとすぐ帰って、温まってね。風邪ひかないように」
「だ、大丈夫っすよ。これくらい……」
「うん。でも心配だから」
「なまえさんこそ……」
「私は大丈夫だよ。今タイガくんからもらったカイロがあるし」
これだけあったら滑り止め受けるときまで持ちそうだね、となまえが袋を覗き込む。
「ん……あ、た、足りなくなったらまた持ってくるんで!」
「え?……あはは、なんだかそれじゃ、業者の人みたい、タイガくん」
「なんすか、それ」
なまえの笑顔に釣られて、タイガも目を細める。
「……じゃ、私行くね。これ本当にありがとう」
「はい。…あ、あの、なまえさん」
「ん?」
「…頑張って、下さい」
「うん!」

なまえが振り返ってにこりと微笑む。なまえの前では強がっていたものの実は指先まで凍えていた身体が、一気に温かくなった気がした。

 

 

 

*****

 

 

 

 

ホワイトデーライブの準備も大詰めとなり、夜更かしも進む中。昨日12時を回ってから眠りについたタイガは、学校がないことをいいことにかなり遅めに起きていた。
時計を確かめ、軽く背を伸ばす。まだ半分ほどしか開かない目をこすりながら、なんとなくスマショを開いた。
その瞬間、タイガの目が丸く見開く。

「!……っしゃ!」

タイガは思わず部屋の中で声を上げる。
慌てて階下に降り、誰かいないかと辺りを見渡す。

「お~どうしたタイガ。そんな慌てて」
「!カヅキさん!」

うってつけの人物が現れたことに自分の運の良さを感じながら、タイガは喜ぶ様子を隠そうともせず笑顔でカヅキに話しかける。

「カヅキさん、よかったっすね!」
「…ん?何がだ?」
「え?いや、だから、なまえさんですよ!」
タイガは興奮した様子で話しかけるが、カヅキはピンと来ていない様子で首をかしげる。
「?」
「え?……連絡、来てないっすか?」
「連絡?いや、何も…なにかあったのか?」
「何かも何も…、なまえさん、大学合格した、って」

今、と握りしめていたスマショを見てタイガが言うと、カヅキはおー、と目を丸くして驚きの声を上げる。

「そうなのか!いやー、一安心だな!まあ、あいつの事だし多分合格するだろうとは思ってたけど――」
「は、はい。……え、あの、カヅキさん」
「ヒロやコウジにも教えてやんねーとなー…ん?なんだ?」
「…カヅキさんのとこには、本当に連絡来てない…んすか?」
「ん~?……ああ、別に来てねえな~」

カヅキがポケットからスマショを取り出し、通知欄を確認する。

「…それがどうかしたのか?」
「え!あ、や…べ、別に。ただ…なんで俺に連絡くれてカヅキさんにはないんだろうって思っただけで」
「ん?…そりゃ、そうだろ?」
「えっ?」
カヅキは何が疑問なのか分からない、といった様子で話を続ける。
「俺はアイツとそもそもそんなにコレで連絡取らねえし…俺よりもタイガの方がよっぽどここんとこなまえと会ってるし、話してるだろ」
「え…」
「そりゃー、アイツの立場になってみたら、俺よりお前に報告する方が自然だと思うけどな」
「……」
「…どしたタイガ。顔真っ赤だぞ」
「へ!?あ、いやっ」
「熱でもあんのか?」
「いや!だ!大丈夫っす!!あーあの、じゃあ俺これで!失礼します!」
「ん?お、おう…?」

タイガは90度腰を折り曲げてカヅキに礼をすると、そのまま翻ってエーデルローズ寮を後にする。門を出る時に驚いた様子のレオとすれ違った気がするが、そのままタイガは走り出す。

(…カヅキさんより、先に…)

この足がなまえの所に向かっているのは分かるのだが、別に今日なまえと会う約束も何もしていない。もしかしたらいないかもしれない。それでも、この動く足を止められない。

(先に、俺に伝えてくれたのか…)

色々な感情がごちゃ混ぜになる中、走って行けばこの顔の暑さも誤魔化せるのでは――とどこか冷静な考えも横切りながら、タイガはアスファルトの上を全力で走っていた。

 

 

*****

 

 

何度か来たことはあるが、自らインターフォンを押すのはそういえば初めてだ、とタイガはなまえのマンションの前で緊張した面持ちで人差し指を突き出す。

部屋番号を押すと、程なくしてなまえの「はーい?」という声が聞こえ、タイガはびくりと背を伸ばした。

「あ、なまえさんっ、あの…俺っす。タイガっす」
「え?タイガくん?あ、ちょっと待ってね。えーっと…」
「あの、すんません、いきなり。忙しかったら帰るんで」
「あ、ううん。別にいいんだけど、ちょっとだけ片付けるね。ゆっくり上がって来てくれる?」

はい、と答えると玄関の奥の自動ドアが音なく開く。
階段を、言われた通りゆっくり上りながら、タイガは後ろポケットに入れたチケットを取り出した。
それを見遣り、ごくりと生唾を飲み込む。
部屋の前まで着くと、気配で分かったのか、ノックする前に扉が開いた。

「タイガくん。こんにちは」
「あ、うす。…すみません、いきなり…連絡なしに来て」
「受験終わったし、暇だからいいよ~。中入る?」
「あ、あの!」
タイガはその言葉にはっと目を見開く。
「合格!おめでとうございます!」
「うん、ありがとう」
なまえは満面の笑みでタイガを見、目を細めた。
「本当にありがとね。あのカイロ、受験会場寒かったから早速使ったの。そしたら」
なまえが思い出すように、カイロの袋を開ける仕草をする。
「タイガくんが書いてくれたんだよね。あのメッセージ」
「あ…はいっ」
カイロの外袋に、マジックで「がんばって下さい」と殴り書きしたものを指しているのだろう。カケルのアドバイスを元に慌てて用意したものだが、邪魔になっていなかったと分かりタイガはほっと息をついた。
「嬉しかったよ。ありがとう」
「あ、や、ま……喜んでくれたなら……っす」
どこか気恥ずかしく、髪の毛を雑にかき混ぜて誤魔化す。目線を下に落としたあと、はっと気づいてなまえの目を見た。
「あ、あの」
タイガはジーパンのポケットから封筒ごと二つ折りにしたチケットを取り出す。
「ん?」
「これ、なまえさんに」
「え?もらっていいの?」
こくんとタイガが頷くと、なまえは封筒を空け、少し折れ曲がった招待券を取り出した。
「ん?『招待券』…?」
「あ、あの!俺ら今度、そこに書いてあるとこで、ライブやるんす」
「え」
「オバレの三人は…出ないんすけど。俺ら7人で、その…ファンへの、感謝ってことで…3月14日に、ショーを…」
タイガが顔を少し斜めに背けながらぽつぽつと説明すると、なまえは「えっ!」と高い声を出した。
「そうなんだ、すごいね…!え、じゃあこれ…」
「あ、は、はい。なんで、そのショー、なまえさん見に来てくれねえかなって思って、その…それ招待券なんで、代金とか要らないやつ、なんで」
「え!い、いいよ。払うよ!私見たいもん」
「あ、いや!違うんす、みんな…家族とか知り合いとか呼んでもいいように数枚もらってて。だから…」
「え、そんな大事なチケット私がもらっていいの?」
「…いいっつーか、むしろ」
ごくり、とタイガは生唾を飲み込んだ。チケットを両手で持つなまえを真正面から見据える。
「なまえさんに、来てほしい…んで」
「タイガくん」
なまえは少し目を丸くしたのち、溶けたようにふふっと笑った。
「ありがとう……凄く嬉しい。絶対見に行くよ」
なまえの笑顔に呼応するように、タイガもつい口角が上がる。
「…っはい!」

 

 

――絶対に、ライブを成功させる。
タイガはなまえの家からの帰り道、ぐっと拳を握りしめ、一人胸に誓った。