NEO STREET STREAM!

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ストリートの大会が開かれる某日。タイガは朝からソワソワとしながら着替えていた。

(…待ち合わせは10時…だけど)

ちらりと時計を見る。
8:30を示す長針と短針のスピードがやたら遅く見える。

(…でもなまえさんすげー早く来そうだしな…念には念を入れて、30分前には着いてた方がいいよな)

待ち合わせ場所は、ここから徒歩10分程度で着く駅前だ。タイガなら走れば5分もかからないだろう。
ーーしかし。

(でもなにがあるかわかんねぇし…9:30までには着くとして、9時には出た方が…や、待てよ。駅前までの道が工事中とかだったら…もっと早く出ておいた方が)

念には念を入れすぎて、どんどんと早まっていく出発時間に気づくこともなく、タイガは朝食を5分で済ませるとすぐさまチケットを引っ掴んで寮を後にした。

「あっれあれ〜?タイガきゅん朝からどこいったのかなん」
勢いよく外に出ていったタイガを見ながら、カケルが呟く。
「ああ、今日はあれだろ?ストリートのショーがあるって。香賀美は年齢制限で出れないけどカヅキさんが出るから…たぶんヒロさんとコウジさんも行ってるんじゃないかな?」
「あー、あれ今日かあ。おれっちも仕事がなければ行くんだけどにゃ〜」
頭の後ろに手を回し、残念そうにカケルは椅子に大きくもたれた。キィ、と椅子の軋む音がする。
「…にしても、やけに早くない?あの大会って昼スタートじゃなかったっけ?」
「…確かに。開始11時とかだったような…」
カケルとミナトは顔を見合わせ、んん?と同時に首を傾げた。

 

 

 

(…流石に早すぎたか)
結局何事もなく待ち合わせ場所についたおかげで、待ち合わせ時間50分前に到着してしまった。
(…何やってんだ俺)
気持ちが空回りしているようで、落ち着かない。大きな木が植わったレンガの一角に腰を据え、ため息をつく。
そしてスマショを取り出し、道順やタイムスケジュールについてもう一度確認し始めた。

 

 

ーーそして、10時10分前。

「タイガくん」
後ろからポン、と突然肩を押され、スマショを見ていたタイガは大仰なほどびくっと体を震わせた。
「あ!あっ、なまえさん…、っ、っす」
「おはよう。…ごめんね、もしかして結構待ってた?」
「いっいや!別に…全然っす!さ、さっき来たとこなんで…」
本当は来てからゆうに40分は経っていたがーー目をそらしながらタイガはそう答えた。

「ほんと?ならいいけど。じゃあ早速行こうか?」
なまえがにこりと微笑む。
いつもスカート姿が多いイメージのなまえだが、今日はタイトな黒いジーンズを履き、靴もスニーカーだ。
珍しいな、と思いついタイガはなまえの脚を眺めていた。すらりと伸びた脚が前後に動いていたかと思えば、ふっとそれが立ち止まる。
「…タイガくん?」
「え?」
「いや…私の服、なんか付いてる?」
「え!?あ!い、いや!違…、め、珍しいなと思って…その。なまえさんいっつもスカートとか、なんかそういうの多いじゃないっすか、だから」
なまえが恥ずかしそうに脚を気にするのを見て、タイガは慌てて弁明した。
見過ぎてしまっただろうか。気持ち悪いと思われたかもしれないーー
タイガは頭を下げる。
「す、すんません!俺…」
「え?別に怒ってないよ。…今日はストリート系のショーだし、結構動くのかなぁと思ってさ」
パンツスタイルにしてみたの、となまえはくるりと一回転してみせた。
ーー可愛い。
反射的にそう思うが、もちろんそんな言葉は口から出てくるわけもなく、タイガは目を逸らし、ポケットに手を突っ込んだ。
「…そ、そうっすね…」
いいんじゃないっすか。
そう小声で呟くのが今のタイガにはやっとだった。

 

 

 

 

会場につくと、ステージには早くも人が集まりかけていた。
野外のステージでスタンディングスタイル。ロックフェスに近い空気感だ。アカデミー系よりも格段に多い男性客の数、そこかしこで起こるゲリラ的なショー、ストリート系デザインのTシャツ…そのどれもがタイガの心を震わせる。
「すっげ…!!は〜〜っ…カヅキさんこんなとこでショーやんのか…っし!なまえさん!前の方行きましょう!!」
「え?あ、う、うん」
急に目をキラキラと輝かせたタイガは、思わずなまえの手を取りステージ前列へと走り出す。
「この辺ならよく見えますよ!」
そうして、前列にたどり着き笑顔でなまえを振り返りーーそこで、自分がなまえの手をすんなりと握っていることに初めて気が付く。
「…っうわ!す、す、すんません!!」
火傷したかのように、タイガは瞬発的に慌てて手を離す。
「ん?うん、別にいいよ」
なまえは特に動じた様子もなく相変わらずふわりと笑う。
なんだか自分だけがはしゃいだり慌てたりしているようで、気恥ずかしい。
タイガはすぐに赤くなる頬を隠すように、手の甲で乱雑に頬を拭う。
「あー、あの、なまえさん。もし疲れたら、言って下さい。横に移動するんで…」
「うん」
「あっあと…結構音量大きいと思うんで…もしうるさかったら後ろに下がるんで」
「うん」
「それと…、もし後ろから押されたりとか距離詰められたら俺なんとかするんで絶対一言言っ…」
「タイガくん」
なまえがくすくすと笑い出す。
「そんなに心配してくれなくても大丈夫だよ」
「え…」
「そこまでか弱いわけじゃないから」
「あ、いや…そ、そうっすよね…す、すみません」
タイガは頬を赤くし、目を逸らした。姉以外の女性とこんなところに来たのは初めてで、どこまでどう気を遣えばいいのかタイガにはさっぱりわからなかった。姉にしたって、ちゃんと席が用意されているもっと落ち着いたオバレのライブだった上、自分が幼くむしろ守られる側であったのだ。なまえはけろりとしているが、タイガからしたらなまえは身体も小さく、後ろから押されたらその細い腕や足が折れてしまうんじゃないかと、年上であっても心配になってしまうのだった。
なまえにはああ言われたものの、なんかあったら俺が守んねえと、とタイガは一人気を引き締める。
「大丈夫だよ。昔仁科くんのショー見たこともあるし」
オバレ結成前に、ほら、夏にやってたやつ、となまえが人差し指を立てて呟く。
それはタイガも見たことがないものだ。
「え!!…そ、そうなんすか…」

ーー羨ましい。
それは自分も見ていないカヅキのショーを見たなまえが羨ましいのか。
それともそんなに昔からなまえに見られているカヅキが羨ましいのか。
…たぶん両方なのだ。
(…早く、俺も…)
タイガはなまえから死角になる右手をぎゅっと握りしめた。
(俺も…カヅキさん超えるようなショーやって、なまえさんに見て欲しい)
なまえをちらりと横目で見ると、なまえはタイガの様子には全く気づいた様子もなく、会場を指差しながら、あのセットすごいねえ、とはしゃいでいた。

 

 

 

 

ショーも無事終わり、タイガは顔を紅潮させながら興奮した様子でなまえにショーの良さについて語っていた。
なまえはタイガが目を輝かせて話すのに合わせ、うんうん、と頷いている。
「やっぱストリート系の良さってのは、ああいう魂と魂のぶつかり合いにあるっつーか…!」
「うん、そうだねーーあ、タイガくん」
「え?」
なまえにポンポン、と腕をタップされ、タイガは顔を横に向ける。
「仁科くんいるよ」
「えっ!!」
なまえの指差した方向に、今しがたショーを終えたカヅキがドリンクを買っていた。慌ててタイガは走って行く。

「カヅキさん!」
「おう、タイガ!来てたんだな」
「お疲れっす。今日のショー、すげぇ熱かったっす!!」
タイガが目を爛々と輝かせて語ると、カヅキは照れ臭そうに頭をかいてみせた。
「はは、ありがとな。俺も久々に冷さんのショーを見れてよかったよ。他のやつらもいいショーしてたよな」
「そうっすね。でもやっぱ、お二人のショーが最高でした!」
「はは、そうか。…それより、今日は珍しいな」
「え?」
「なまえと一緒に来たのか?」
「あ」
「仁科くん、久しぶりだね」
タイガはそこでようやく、しまった、と自分の失態に気がつく。ついついカヅキに普通に声をかけてしまったが、今日はなまえと来ているのだ。元々親戚の二人がお互い話をしないわけもなく、すぐになまえとカヅキの会話が始まった。
「3ヶ月ぶりくらいか?結構俺も最近バタバタしてたからな〜…。なまえは元気だったか?」
「うん、元気元気。今日は仁科くんのショーが久々に見れてよかったよ」
「はは、なまえにも見られてたなんてなんか恥ずかしいな。しかし、お前らーー」
カヅキが口を開きかけた瞬間、後ろからカヅキの名前を呼ぶ、二人の男性の声。
「おーい、カヅキ。まったく、どこ行ったかと思ったよ」
「ふふ。今日の主役なのにね」
ヒロとコウジが、スマートな私服で現れる。さすがオバレともいうべきか、3人揃うと一気に場が華やかになった。
「おう、ヒロ、コウジ。いや、たまたまそっち戻ろうとしてたらタイガに会ったもんだから」
「あ、ほんとだ。タイガ、見に来てたんだね。って、そりゃそうか」
タイガはすぐさま二人に頭を下げ、挨拶をする。
(…しまった…)
お辞儀をしながらも、タイガの背中にはひやりと冷や汗が流れていた。
(まさかここでオバレの3人に会うなんて)
「あれ?タイガの隣にいる、可愛らしい女性はどなたかな?」
ヒロの言葉に、タイガはドキッと肩を竦ませる。
「ああ、こいつはみょうじなまえ。俺のーーんー、まあ遠い親戚だよ。俺たちと同じ高校三年生」
どういう親戚かを言おうとしてやめたのだろう。カヅキがそうさらりとなまえを紹介すると、ヒロが一歩前に踏み出し、手をなまえに差し出す。
「そうなんだ。僕は速水ヒロ。カヅキと一緒にOver The Rainbowをやってるんだ。よろしくね」
「私はみょうじなまえって言います。速水くん、よろしく」
二人が握手をすると、コウジも同じく自己紹介をする。
「僕は神浜コウジ。同じくOver The Rainbowのメンバーです。よろしくね」
「うん、よろしく。神浜くん」
二人と握手をし終わると、ヒロが腕を意味ありげに組み、タイガの方を見る。
「ーーで。カヅキの親戚なのはわかったけど、なんでタイガと一緒なの?」
「そうだね、僕もそこが気になってた」
コウジが笑顔でヒロに同調する。
「え。や、あの…」
「もしかして、付き合ってる…とか?」
「はっ?!」
ヒロに指をさされ、タイガは瞬間顔を真っ赤に染めた。
「やっ!ちっ、ちっ、違うっす…!まだ…じゃなくて、その、とにかく、そういうんじゃないんで」
「え、そうなの?」
「うん。別にそんな仲じゃないよ」
タイガが慌てふためく一方で、なまえがはっきりさらりと否定する。事実ではあるし、何より自分がまず否定したことではあるものの、そのあまりにさっぱりとした姿勢にタイガは内心ショックを受けていた。
「え、でも二人で来たんだよね?」
「それは…そうっすけど。や、違うんすよ、その、俺が無理言ってなまえさんに来てもらっただけで…」
「え?別にそんなことないよ。元々興味はあったし、タイガくんが誘ってくれたから、面白そうだなあって思って」
なまえはおそらくフォローのつもりで言っているのだろうが、ヒロとコウジにはなまえのその言葉は別の意味で響いた。
「…へえ、タイガから誘ったんだ」
そうヒロが呟くなり、コウジと目を合わせにやりと笑う。
「なっ…なんすか…」
「いやー別に?じゃ、カヅキ、行こっか」
「ん?あ、ああ…」
よくわからない、といった顔を隠さないカヅキが、首をかしげながら二人に続く。
「じゃあな、タイガ、なまえ!」
「っす!」
「またねー」
カヅキが気っ風のいい挨拶で去っていくのを、タイガはお辞儀をし、なまえは手を振りながら見送っていた。

 

 

 

 

「…ふふ。タイガにも春が来たんだね」
「そうだね。少し安心したよ」
3人でステージ裏へと歩く最中、ヒロとコウジが微笑みながら交わす会話を、カヅキは頭上にクエスチョンマークを浮かべながら聞いていた。
「…ん?二人は付き合ってないんだろ?」
「…カヅキ…」
ヒロとコウジが同時にため息をつくのを交互に見ながら、カヅキは戸惑いの声を上げる。
「え?」
「カヅキはその手のことは昔から本当に鈍いからなあ」
苦笑いをするコウジ。
「え、え?」
「付き合ってないのは確かだと思うけど。タイガの方はなまえちゃんのこと確実に好きでしょ」
腰に手を当て、意味深に微笑むヒロ。
「好……はあっ?!」
「いやあの様子見てたらすぐ分かるよね?」
「ええっ?!」
「タイガの方はね。…でもなまえちゃんの方はどうなのかまでは分からなかったな。カヅキ、何か知らないの?なまえちゃんのこと」
ヒロが顎に手を添えながら、首を傾げる。突然振られたカヅキは、うーん、と腕を組んだ。
「何か、って言われてもな。親戚だけどそんなに会うわけじゃねえし…まあでも、いい奴だよ、あいつは。それは間違いない」
「彼氏がいるとか、そういう情報はないの?」
「かっ…?!い、いやー…聞いたことはねえな…あいつ女子校だし…あんまりそういう話は聞かないけど」
「ふーん。でも可愛い子だし人当たりも良さそうだし、人気あるだろうな」
ヒロが言うと、コウジがそうだね、と相槌を打つ。
「…それに、なんだか彼女、カヅキと似たものを少し感じるんだよね」
「へ?!」
「あー…少し分かるかも。んー、でも、だとしたらタイガは大変だな」
「…え?おい、それどういう意味…」
突然引き合いに出されたカヅキが戸惑いの声を上げるが、ヒロとコウジはその声を無視して続けながら歩いていく。
「今日だって二人で来た割には、なまえちゃんの方は物凄くあっさりしてたし」
「な、なあおい」
「タイガの好意に気付いてないのかな?」
「…気付いてないのかもね。あ〜〜、これはタイガが思い切って押していかないとなかなか厳しそうだなあ」
「おい!」
「でもあのタイガだよ?思い切って行けるかなぁ…」
「プリズムショーなら十分に勢いあるんだけどね。恋かぁ…ん〜〜」
「お前ら、聞いてないだろ…」
カヅキが抗議の声をやめ、額を抑える。
「コウジ、何かアドバイスしてあげたら?彼女持ちの人間としてさ」
「え?僕が?んー、っていってもなぁ、別に…」
「告白の仕方とか」
「うーん。まあでも、タイガならストレートに伝えるのが一番だと思うけどね」
「……なんだか楽しくなって来たな。よし、俺たちでなんとかあの二人くっつけてあげないか?!」
「はあ?!」
ヒロが良いことを思いついたと言わんばかりにカヅキとコウジを振り返る。
カヅキは目を丸くし、コウジはあはは、と笑ってみせた。
「ヒロ、案外そういうの好きだよね」
「い、いやでも…まずタイガに聞いてからの方がいいんじゃないのか?本当に好きかも分からないわけだし…」
「好きなのは確定だって」
「うん、カヅキ、そこはもう論点じゃないよ」
「…う…」
ヒロとコウジにやや呆れた視線を向けられ、カヅキは赤くなり口を閉ざす。
「いや〜楽しくなってきたな。後輩の恋路を応援する。これこそ先輩冥利に尽きるってもんだろ?」
「…応援するのはいいが…、あんまりあいつを揶揄わないでやってくれよ」
ストリート系はそういうの不得意なんだよ、とため息をつくカヅキに、ヒロとコウジは顔を見合わせる。

「それはよーーっく知ってるよ」

二人の声が、晴れ晴れとした空に大きく響いた。