今年も、来年も

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今年も、来年も

 

 

 

「おー、すげー人だな〜」
「この神社ならそんなに大きくないし…なんて思ったけど、やっぱり年末年始はどこも混むんだねー」

12/31、大晦日の23時。
カヅキとなまえは、二人の家からちょうど真ん中辺りにあるとある神社に向かっていた。

境内までさくっと入ろうとしたところ、その前の道に参拝待ちの行列がずらりとできており、二人の考えは甘かったと身に染みているところだった。

「まー、そりゃなあ。みんな考えることは同じだよな」
「あと1時間かぁ。寒〜」

カヅキがからりと笑うと、口から白い息がふわりと漏れる。
なまえは手袋を忘れてしまった哀れな自分の両手を擦り合わせ、はあ、と息を吹きかけた。

「あれ?お前、手袋は」
「え?」
「この前してただろ、緑色のーー」
「ああ、うん。あれ別のコートのポケットに突っ込んじゃってて。今日はないの」
「はぁっ?」

カヅキが目を丸くする。
無理もない、今日は朝から天気予報でも今年一番ーーといってもそれは今日で終わりなのだがーー寒くなると散々アナウンスされていたのだ。そんな中、ある程度は外に出ることをわかっていたはずなのに。そう言わんばかりのカヅキの目に、なまえは怒られた子犬のように首を下げた。

「仕方ないでしょ…忘れたものは」
「いや別に怒ってるわけじゃねーけど。…あー、俺のつけるか?」
カヅキは慌てて自分の手袋を外し、なまえに手渡そうとする。
「え。いや、いいよ。カヅキくんがしてなよ」
「いや、いいから」
「いいって」
「俺はそんな寒くねーし」
「私が忘れたのが悪いんだから」

あーだこーだと、しばらく押し問答を続けていると、カヅキははぁ、と困ったように息をついた。

「…何ですか」
「いや、お前、ほんっと頑固だよな」
「それを言うならカヅキくんだって!」
笑うカヅキに、ムキになるなまえ。
わかったわかった、とカヅキは手袋をなまえに渡すでもなく、自分が着けるでもなくポケットにしまうと、にかっと笑った。

「ん?」
「じゃ、こうしてるか」
「え。…え、あっちょっ」

相変わらず手に息を吹きかけていたなまえの片手を取り、カヅキが握りしめる。

「ちょちょちょ、まって」
「なんでだよ。俺の手、冷たいか?」
「めちゃくちゃ温かいよ!…じゃなくて!こ、こんなとこで…!」

なまえは慌てて周りを見る。今のところ、皆それぞれ家族や友人、パートナーと話しており、こちらにはなんの興味も示してはいない、が。

「バレたら、どーすんの」
小声でなまえが言うと、カヅキはきょとんと目を瞬かせた。
「バレたらって」
「だ、だからその、……付き合ってる、ことが」
付き合ってる、の部分を更に小さな小さな声で呟き、なまえは目を逸らした。
カヅキは、あー、となんてことないように呟き、笑う。
「ま、大丈夫だろ」
「い、いやいや!自覚してる?!カヅキくんどれだけ有名人かってーー」
「誰も見てねえって」
「いやそんなこと…!」
「ほら」

慌てふためくなまえに、カヅキは口の端をあげ、顎を少し動かす。周りを見てみろ、とでも言わんばかりに。

「え…」
「こんな年の瀬に、誰もわざわざ他人なんか見てねえって」
「う…」

そう言われてみれば確かに、誰も彼も見ているのはこれからお参りする神さまと、一緒に来ているーーおそらくそれぞれにとって大切な人。
周りをキョロキョロ見張っている人など、確かにそうはいなかった。
ーーが。

「で、でも。それとこれとは話が別だよ。ほら、カヅキくん変装もしてないし」
「え?一応してるだろ。ほらこれ、ニット帽」
「……」
な?と太陽のような笑みを見せる目の前の男に。なまえはがくりと項垂れた。
「…それさ、同じことヒロさんにも言ってみて。多分私と同じ感想だと思うから」
「え?なんだよ、それ」

カヅキが眉を微かにひそめ、頭にクエスチョンマークを乗せながら笑う。
なまえは諦めたように、息をつく。白い湯気がほわんと上がっては消える。

「ん?」
カヅキの手を包み返す力が少し強くなったことに気付き、カヅキはなまえを振り返る。
「私はさ」
なまえは下を向いたままぽつりと呟く。
「私は、不安なの。もしバレたらカヅキくんに迷惑がかかるんじゃないかって。カヅキくんはそんなことないっていうかもしれないけど、」
「ああ、んなことないぞ」
「あっちょ…早い!」
まだ続きが、といいかけたなまえの頭のてっぺんに、カヅキがぽん、と手のひらを置く。
「だーいじょうぶだって。ほら、コウジだって…カミングアウトしたけど、別にちゃんとこうして続けられてるだろ」
「コウジくんは…!」
なまえは、一度あげた視線を再び地面に下ろす。
「…相手が、あのハッピーレインのいとさんだもん。有名人同士なら皆納得するかもしれないけど、私は……ただの人だし」
「俺だってただの人だけどな」
「…よく言う」

カヅキは繋いでいた手を少しバラし、再び指の付け根からぎゅっとなまえの手を握り直す。

「カヅキく」
「なまえ」

カヅキがふと空を見上げる。あと40分もしないうちに日付とーーおまけに年が新しくなろうとしているこの時間。当然ながら見えるのは真っ青ではなく真っ暗な空だ。

「?なに?」
「気付かねえか」
「え?」
「雪」

カヅキが一言そういうと、なまえの鼻の頭に白い結晶がふわりと舞い降りた。

「つめた」
「な?」
「わ、ほんとだ。いつの間に」
「クリスマスに降るとホワイトクリスマスだっていうけど、大晦日だと何なんだろうな?」
「えぇ?……ホワイト大晦日?」
「まんまだな」
「…いやだってーー、じゃあ白晦日!」

吹き出すようにカヅキが笑う。なまえが睨むと、カヅキは謝るように手を左右に振る。

「結構ナイスアイデアだと思うんだけど」
「わりー、わりー、別にバカにしてるわけじゃなくて」
「さよーですか」
「や、ほんとに」

何がそんなにハマったのか、カヅキは目から何かを拭いながら、なまえを見る。

「…うん。な。だから、なんつーか…そうだな、好きだ」
「うん…うん?!え?!なに?!なにが?!」
「いやだから、なまえが」
「は?!今何がどうしてそうなったの?!」
「ははは」

いやはははじゃなくて…!と懸命に理解をしようとするなまえだったが、どうやらその努力は徒労に終わったようだった。顔を赤くしたまま、「カリスマの考えることはわからない…」と呟いている。カヅキがそーだなー、と口を開くと、白い息が漏れた。

「俺はなまえが好きだし、こうしてなまえと話してるのが好きだ。だから」
なまえは目を瞬かせた。
「だから、もしなまえが言うような事が起きても、俺は堂々としていられる」
カヅキの輪郭が、月に照らされているのは気のせいか。
「俺はこいつが好きなんですって、誇りを持って言えるから」

な?と笑うカヅキに見せないよう、なまえは慌てて目から零れ落ちるものを拭う。
ありがとう、と言うとカヅキは無言で口の端を微かに持ち上げた。

「…もうすぐ列動きそうだな。賽銭用意してるか?」
「え?あ、うん。一応、色々持ってきた。5円もあるし、100円も何枚かーー…あー、でも、500円にしようかな、思い切って」
「そりゃまたすげー奮発するなあ」
「んー…やっぱね、カリスマに相応しい女になるには何事も全力で取り組まないといけないかなって。まずは神頼みから」
「…へ?なんだよそれ」
「バーニング!」
「ん…?お、おう…?」

戸惑いながらも片腕で軽くガッツポーズを取ってくれたカヅキに、今度はなまえが笑う番だった。

「お、動いた」
「いよいよだね」

神社の奥から、神主さんだろうか、スピーカー越しの声が聞こえる。もうすぐ年越しであることを告げているのだ。

どこからともなくカウントダウンが始まった。

「3、2、1」
「あけましておめでとうございます!」

わああ、と歓声と共に、めいめいが新年の挨拶をし合う。それと同時に列も更に動き出したものだから、静寂から一気に活発化したこの場は突然慌ただしいものとなった。

カヅキとなまえはお互いを見つめ合う。

「あけましておめでとう。…今年も…よろしくな」
「あけましておめでとう。うん、こちらこそ」

ちょうど一つ瞬きをするくらいの間そうしていた二人は、列の動きに押されて前を向く。少しよろけそうになるなまえの手を、カヅキは力強く引き上げる。

「今年も…いい年になるといいな」

なるさ、と言うカヅキの横顔は、やっぱり今年も月に照らされているように見えたのだった。