本気DEデート!

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日曜の昼下がり。
食堂の隅に座り、肘をつきスマショをいじっているタイガを見つけ、カケルは鼻歌交じりに近寄った。

「タ〜イガきゅん!昨日なまえさんとデート♡だったんでしょー?どこ行ったの?」

カケルがニマニマと笑いながらタイガの隣に座り、肘をついてもう一度にこりと笑う。
タイガはその言葉に微かに頬を赤くし、眉をひそめながら、面倒臭そうに視線をカケルから窓の外へと向けた。

「あ?いーだろそんなん、どこでも」
「もーつれないんだから〜。いいじゃん教えてくれても!」
「別に…その辺ブラブラしただけだよ」
「え、結構むしろ難易度高いデートじゃないそれ?カフェとか入ったりしちゃったの〜?」
「んなとこ入んねぇよ」

言葉はつっけんどんだが、なんだかんだいって、なまえの話をし始めると少しご機嫌になってくるタイガを見て、カケルは目を細めた。
とにかく上手く行ってるようで、何よりだーーそう、思っていたのだが。さり気なく呟いたタイガの言葉に、カケルはその考えを改め、一気に青ざめることになる。

「そーだな、昨日は…あー、幸楽苑でラーメン食って、ドンキ入ってサンダル買って帰った」
うんうん、と頷いていたカケルの動きがぴたりと止まる。
「……ん?た、タイガきゅん、いま、な、なんて?」
「は?お前知らないのかよドンキ…」
「いやそういうことじゃなくてね?!え?!それ本当に言ってる?!」
「は?!な、何がだよ…あ、知らねえの幸楽苑の方か?」
「だ、だ、だから〜〜!!」

カケルは頭を抱えて立ち上がった。なんてことだ。とにかくタイガとなまえをくっつけてあげようと、そこに重点を置いて走ったが故に、その後のフォローまでは気が回っていなかった。
アフターフォローは顧客満足度を上げるためにも重要な観点なのに、とカケルは悔しがる。
いや。タイガは顧客でもなんでもなく、大事な友人だからこそ、ここに気を抜いてはいけなかったのだ。
カケルは落ちてきた眼鏡をクイっと人差し指で上げる。

「…いや…えっとね…うん。言いたいことはいろいろあるんだけど、タイガきゅん。とりあえず、それなまえさんは大丈夫だったの?」
「?大丈夫って、なにが」
「いやね?ラーメンとか、ドンキとか…そのデート、ちゃんと喜んでた?」
「美味いって言ってたぞ。ドンキもお菓子が安いってはしゃいでたし」
「ん、ん〜〜そ、そうなのね〜〜?」

カケルは人差し指を眉間に当て、目を瞑り唸る。
なまえが気を遣ったのか、もしくはあまり行かないところだから新鮮に映ったのか。どちらかはわからないが、ひとまず嫌われてはいないらしい。まあ、確かにそこで嫌うような人でもないのはわかっている、が。

「…お前、さっきから変だぞ」

タイガが訝しげな顔でカケルを見る。
カケルはこれは一人では太刀打ちできないと、立ち上がったそのままにエデロの他のメンツを呼び出すことにした。

「ちゃんレオ〜〜!ミナトっち〜〜!集合〜〜!!」
「は、はあ?!な、なんだよ、おい?!」
タイガが思わず音を立てて椅子から立ち上がる。
呼び出された二人は、ややあって素直に食堂に集合してくれた。

「なんですかぁ?カケルくん」
「どうしたの、カズオ」
「うん毎度恒例、おれっちの名前はカ・ケ・ル!ね?それはともかくとして、特に戦力となりそうな二人に協力してもらいたいことがあるんだよねん」
カケルはミナトとレオの肩に腕を置き、円陣を組むかのように頭を近づけてひそひそと話す。
何が何だかわからないタイガが時折外から「おい?」「なにやってんだ?」と口を出してくるが、ひとまずスルーだ。

今しがたここで知ったタイガのデート模様を二人に話し終わると、レオが「ひっ…!」と言いながら膝から崩れ落ちる。
「た、タイガくん。それは…それは…だめですぅ!!王子様のすることじゃありませんっ」
「は、はあ?!」
「うーん、香賀美ならやりかねないけど…付き合ったばかりでこれはね」
「み、ミナト先輩まで…」
「とりあえずお二人が分かってくれてよかった♪もうさ、おれっち一人じゃこの案件を抱えるのにはちょっと負担大でさ〜」
カケルがやっとで息をつけたと言わんばかりにふう、と大きくため息をつく。
「で、二人にはお忙しいところごめんなんだけど、もしよければタイガきゅんのデートプランを一緒に考えてくれないかにゃ〜っと思ってさ」
「考えます!わたし、一生懸命がんばります!」
レオが地べたに座り込んだまま、シャキンと腕を伸ばす。
「僕も詳しいわけじゃないけど、考えてみるよ。他ならぬ後輩のためだからね」
「二人とも…ありがとう」
カケルがすっと掌を下にして二人に伸ばすと、二人も立ち上がりその上に手を重ねてゆく。
コクリ、と、3人頷きあい、「レディー、スパーキン!」と叫び掌を上に掲げた。

「…な、なんだっつーんだよ…」
話の中心人物でありながら、その様子を側で呆然と見ているしかできなかったタイガは、ポカンと口を開けていた。

 

 

*****

 

 

「まず、ラーメン、牛丼、その他諸々安いチェーン店、これ全部却下ねん」

いつの間にか、カケルの部屋で始まった「第一回タイガデートプラン考案会議」。ご丁寧に部屋の扉の前にユキノジョウが書いた達筆な会議名まで張り出されていた。

カケルは一人ワーキングチェアーに座りキュルキュルと回りながら、ポインターをトントンと肩に乗せる仕草をした。

そしていつの間にやら用意したプロジェクターに、これまたいつの間に部屋に施していたのかわからないスクリーンを、手元のリモコンで部屋に大きく吊り下げる。スクリーンに映し出された「食事:チェーン店 安い店」という文字に、PCをカチャカチャと動かし大きくバッテンをつける。

「え、おい!なんでだよ。美味いし安いし最高だろ!」
お前いっつもコスパコスパ言ってるじゃねーか、コスパいいだろここ、とタイガが早速反論するも、3人から冷たい視線を送られる。
「う…」
「そうだね、そこはまず除外するのに異論はないよ」
「わたしもです〜」
「はい賛成多数〜。ちなみにタイガきゅんは会議の頭数には入ってないから。あくまで当事者だからね」
「は、はあ?!んだそれ…」
「で、じゃあどこが最適か、なんだけど」
「うーん、あ、あそこはどうですかぁ?最近できたスイーツプリズムーー略してスイプリ!たあっくさんの可愛いスイーツが、食べ放題らしいんです♪」
インスタ映えもするそうですよ♪と付け加えるレオに、カケルがパチンと指を鳴らす。
「お、いーねーちゃんレオ!確かにあそこはカップル率も高いしねん。一つ一つが小さいから色々選べるのも女の子にはポイント高いよね〜」
「す、スイーツ…?」
タイガが引きつった顔をするが、3人はスルーして次へ進む。
「それか、こじんまりした個人経営のお店で、オムライスとか、パスタとかの専門店はどうかな。いくつかコウジさんと食べに行ったことがあるから、美味しいお店も教えられるよ」
「うんうん!ミナトっち、それもいーね☆」
カケルが頷きながらスクリーンに映し出された画面に次々と入力して書き加えていく。

そんな感じで、次々とスクリーンに付け加えられていくのは、どれもこれもタイガが行ったことのない、タイガ風にいえば「チャラついた」店ばかりだった。
最近できたオシャレなスープカレー屋だの、ローストビーフが美味しいホテルのビュッフェだの、テイクアウトできる写真映えする長いフランスパンサンドだの。
全くこれまでの人生で行ったこともないような、やたらカタカナの多い場所が次々と提案されていく。

「で、食事だけじゃなくて〜次はどこに出かけるかの議題に移りたいと思います☆」
カケルがポインターをぐるぐるとスクリーンに当てる。

「まあひとまずタイガきゅんのドンキはもちろん却下なわけだけど」
またもや大きなバツ印をつけられ、タイガは憤慨する。
「な、なんでだよ!あそこなんでもあるからいいだろ」
「いやもうね、こんな所は一人で行って、タイガきゅん。しかもなにサンダル買ったって…もしかして今日から履いてるそのクロックスっぽいやつ?」
「だったらなんだよ」
タイガが悪いのかと言わんばかりにあぐらをかいて足首を持ちながらカケルを睨む。カケルのメガネが光に反射して、その奥の目が見えない。
「あのねタイガきゅん!ただの必要物品の買い出しだからそれ!なんでなまえさんいる時にごく普通の買い物してるの?!」
「え…い、いやちょうど前のやつ足にひっかけるとこ切れてたしよ…」
「いやそうじゃなくってね?!…んもー、なまえさん優しいから笑顔で付き合ってくれてたんだろーけど、そんな調子じゃそのうち呆れられちゃうよ?」
「えっ」
顔を赤くし怒っていたタイガが、一瞬にして青ざめる。
「…そ、そうなのか?」
急に肩を落としてしおらしくなったタイガに、カケルは眼鏡をあげ直し、ふう、と息を吐く。
「ちゃんレオ、言っちゃってあげて〜」
「う、うーん。タイガくんが楽しいのは分かるんですけどぉ…、た、たぶん、女の子からしてみたら、せっかく好きな人と二人でお出かけするなら、もっと特別で、思い出になるような、キラキラした場所に行きたい!って、思うかもですぅ…」
「う…」
レオに言われると、街中の女子100人にインタビューしたかのような妙な説得力がある。レオはれっきとした男なのだが。
「そうだね。ある程度付き合った二人ならいいかもしれないけど、まだ付き合い始めだと余計にね。もっと二人で写真に写ったりできるような場所がいいんじゃないかな」
「うっ…」
ミナトの落ち着いた話し方も、さらに説得力を増してタイガに響く。ミナトは続けて言った。
「…香賀美は、楽しかったんだろ?昨日のデートは」
「え?あ、はい…俺は…楽しかったっす」
だからてっきり、なまえも楽しいんだと思っていた。タイガは塩をかけた青菜のようにすっかりしおれ、肩を落としていた。
「…俺はなまえさんと居れたらどこでも楽しいから…あんまり考えてなかったっす…」
会えればそれで嬉しいし、幸せになる。なんとなく、なまえも同じだと思い込んで、行く場所はどこだっていいと思っていた。
ぽつりと呟いたあと、3人がニヤニヤと笑っているのに気づきタイガははっと顔を上げる。
「あっ!ち、違…その…」
「うんうん、タイガきゅんがなまえさんLOVEなのは分かってるんだけどね〜」
「…向こうだって、香賀美に会えて楽しいと思ってるはずだよ。でもだからこそもっと相手を楽しませてあげたいと考えてもいいんじゃないかなと思ったんだ」「そそ。プリズムショーと同じだよねん。相手を楽しませるために、何ができるか、って」
「はい!そう思ってデートしたら、きっともっともっと楽しくて素敵なデートになると思います♡」
「……」
しばらく俯いていたタイガは、やがて決心したかのようにビッと前を向いた。
「…っし、分かった。お前らの案、受けてやる」
「って上からだねん?!…ま、せっかくタイガきゅんがノってきてくれてるんだしいっか。んじゃ、行くところもだけど、服装も考えな〜い?」
「あ?」
「昨日はちなみにどういう服装でいったわけ?」
「どうって…」
「確か、昨日出ていった時は…香賀美がよく着てるあの虎のスカジャンとジーパンじゃなかったかな」
「そんな感じっす」
ミナトが顎に手を当て、思い出したように言うとタイガが頷く。
「タイガきゅ〜ん。せっかくなまえさんとデートなんだからもっとオシャレしなよ〜」
カケルがやっぱりかと言わんばかりにヘロヘロと椅子の背もたれに崩れかかる。
「は?どこが悪いんだよ」
「ヤンキー感強すぎでしょ〜?可愛い女の子と歩くのに柄悪すぎだって〜」
「んなこと言っても…俺ああいうのしか持ってねーよ」
「え?!おれっちみたいなこういうセンスのいい服持ってないの?一着くらい!」
カケルが自分の着ているオレンジ色の派手なシャツをひっぱって言うと、タイガが思わず反応する。
「あ?!センスよくねーだろ!んだよそのチャラついた服は」
「もー分かってないなタイガきゅん。こーゆーのが女の子にはウケるの〜!」
「別に女にウケる服なんて着たくねえ!」
噛み付くタイガに、カケルはビッとポインターーーもちろん光はオフにしているーーでタイガを指す。
「ちょっとちょっと、話が元に戻ってるって〜!なまえさんとデートするんでしょ?」
「そ…それは!だから!女にウケる服じゃなくて…なまえさんがいいと思うやつ着ればいいんだろ!」
「タイガきゅんってば禅問答みたいなこと言うなぁもう〜」
カケルがポインターをふらりとタイガから外し、椅子に再びもたれ掛かる。
「いや、案外今のは重要じゃないか?一般的に女性が喜ぶような服が必ずしもなまえさんに響くわけじゃないだろうし…」
ミナトが落ち着いた声で頷きながら話すと、タイガが少し拗ねたように呟く。
「案外ってなんすか…」
「んー、そう?残念、おれっちのモテ服クローゼットが火を噴くと思ったのに〜」
カケルは残念そうに眉を八の字にさせて頭を掻く。
「そうですね〜、なまえさんだったら…わりとシンプルだけど可愛い感じの服が多いので、タイガくんもそれに合わせた感じでいくのはどうでしょう?」
「さすがちゃんレオ〜!でもそういう服タイガきゅん持ってるわけ?」
カケルの指摘に、レオがタイガを振り返る。
「タイガくん、白いシャツはありますよね?」
「あ?あー、あるけど」
「それにこの前タイガくんが着てたこういうボトムスに、あとはパキッとした黒いジャケットがあれば、こういう感じでぇ…」
レオがホワイトボードにさらさらとタイガのような男子の絵を描いていく。うまいもんだねぇ、と見守るカケルたち。
「ほら!どうですかぁ?」
「おー!いーね〜〜!おれっち的にはもうちょっと派手でもいい気がするけど〜〜」
「いいんじゃないかな?少しストリートらしさもあるし」
「…ふーん。まあ、これなら…」
「いーじゃんいーじゃん!少なくともスカジャンよりは絶対マシ〜!」
「あぁ?!てめ、スカジャンナメんなよ!」
「ほらほら無駄に喧嘩しない。…でも黒いジャケットはどうする?誰か持ってる人いるだろうか」
「それなら俺っち貸しちゃうよ〜ん。うちはアパレルもやってるからね〜、一つくらいなら好きなの借りてこれるし♪ちゃんレオ、こーいうのなんかどう?」
カケルがスマショをテキパキと操作し、レオに見せる。
「わぁ、ステキです!いいデートになりそうですね♡」
「なんとかなりそうだね。ようし、あともう少し煮詰めて行こう」
「タイガきゅんのチョーサイコー!なデートまであと少しだねん♪」

再び3人が中央に手を寄せ合い「レディー、スパーキン!」と言い合うのを見て、もう反抗する気もなくなるタイガだった。

 

 

*****

 

 

次の週の土曜日。タイガはなまえとの待ち合わせ20分前に到着し、そわそわとしながら待っていた。

10分前になると、改札の向こうからトットッと歩いてくる一人の女性の姿。
タイガに気づき、軽く手を振る。タイガは照れ臭そうに、少しだけ首を下げた。
「タイガくん、早いね」
「え?やっ、俺も今来たばっかで…」
「そうなの?よかった」
なまえはそう言いながら、ワンピースの裾を少し手で伸ばし直している。
確かに、こうして見ると、なまえは爪にもキラキラしたものを塗っているし、ネックレスもつけて、化粧もしていてーーなんというか、「ちゃんとした」格好をしている。
「ん?」
長いまつげがふと上を向き、その奥にある目がこちらを見つめる。
タイガは慌てて目を逸らした。
「あっ、いや。なんでもないっす」
「そう?ーーそれよりタイガくん、今日なんかカッコいいね」
なまえがタイガの上から下まで往復するように視線を向け、にこりと笑う。
「え…」
「いや別に、いつもカッコいいとは思ってるけど、なんか今日服のテイスト違うな〜って思って」
さらりと告げられるなまえの発言に、タイガの感情の処理が追いつかない。
耳まで赤くしながら、タイガはやっとのことで口を開いた。
「あ、いや…これは、あいつらが」
「え?エーデルローズのみんな?」
「はい。…もっと…なんか、ちゃんとした服で行けって…」
「ええ?そうなの?」
なまえは思わず噴き出し、くすくすと笑い出した。
「別にいつもの感じでいいと思うけど。でも今日の服すごく似合ってるよ」
「………そっすか」
ーーまあ少しはあいつらに感謝してもいいのかもしれない。そう思いながらタイガは頬を掻いた。

 

 

「今日はどこ行こうか?」
なまえが横に並び、ふわりと笑う。タイガは既に何度も読んで暗記したデートプランが書かれた紙をポケットの中で握り締める。
「えっと。…なまえさんがよければ、行きたい所があるんすけど」
「うん?いいよ〜、どこ?」
「…A駅の近くの、プラネタリウム…なんですけど」
「え?勿論いいけど…タイガくんそういうの興味あったの?」
知らなかった、と目を丸くするなまえに、タイガは少し罪悪感を覚える。別にタイガ自身はたいして星に興味はない。青森の方が東京より多く見えるな、という程度の認識だ。ただ、なまえが星座を嬉しそうに見ていたーーその情報をあの3人に伝えた所、じゃあいいところがあると勧められたのがまずここだった、というだけの話だ。

「でもあそこ、出来たばっかりで人気だよね?今日土曜日だし、チケット取れるかな」
「大丈夫っす。もうチケット取ってあるんで」
「えっ」
なまえが再び目を丸くしてタイガを見、瞬きをする。
正確には取ったというよりカケルから譲ってもらったものだが、チケットがあることには間違いない。
「…タイガくん、そんなにプラネタリウム見たかったの?」
「え?!…あ…や、…まぁ…別に…たまたま適当にやってたら取れたんで…」
「そうなの?でも嬉しい、ありがとう」
「……ん」
タイガはなまえの方を見ずに前を向きながら、顔を赤くさせた。

その後も、二人はカケルとレオとミナトが会議に会議を重ねて練ったデートプランを順調にこなしていた。
プラネタリウムの後は近くのふわふわオムライスが美味しい洋食店、そこを出た後は小洒落た古着屋が並ぶ街沿いをウインドウショッピング、その後はクレープ屋に寄りーー最後にオバレがライブをしたあの公園に辿り着いた。

「あー、楽しかった。あっという間だったね」
「…はい」
なまえがフェンスを掴み、池を眺める。
「タイガくん、ありがとう。今日は色々考えてくれたんだね」
「え?!やっ…別に!…テキトーっス」
言ったすぐ後にタイガは後悔した。わざわざ自分を下げてどうする。ついなんて事ないかのように振舞ってしまうのは、なまえの前でもーーいやむしろ一層かもしれないーー変わらないようだ。
そんなタイガを見て何を思ったか、なまえは静かに微笑んだ。
「今日さ、すごくすごーく楽しかったけど」
「はい」
「…無理、してない?タイガくん。それだけ気になっちゃって。私…」
前を向いていたなまえが、ふっとタイガの方を振り返る。なまえを見ていたタイガは、視線をそらす間も無く――バチッと目が真正面から合ってしまい顔を赤らめた。
「頑張ってくれるのは嬉しいけど、別に無理しなくていいんだよ」
「…なまえさん」
「あんまり毎回毎回デートだからって気を張ってたら疲れちゃうでしょ?それよりもっと気軽にたくさん会いたいっていうかーーあ、いや、それは…うん。私が勝手に思ってるだけだけど」
言いすぎたと思ったのか、なまえが頬を赤く染め慌てて眼をそらす。
火照る頬を冷ますように両手を顔に当てながらなまえはその手の隙間から呟く。
「えっと…その。あはは、なんか恥ずかしいね、こういうの。なんていうのか…」
再びフェンスへと向きを変えたなまえは、髪をかきあげる。隙間から見えた耳は赤く染まっていた。
「とにかく、私といることでタイガくんが無理してなければいいなと思っただけ!私は別に特別な所行かなくても、タイガくんと居られるならそれで、わっ」
なまえの身体が少しふらつく。タイガが横から急に抱きしめたからだ。
「ーータイガく…」
なまえが胸の中で顔を上げようとするのがわかり、タイガは慌ててそれを上から頭を抑えて止めた。
「ん?!」
「ちょっ…ちょっと待って下さい!一瞬!一瞬だけ!」
「え?え?」
(…やべえ、思わずやっちまったけど)
タイガは無我夢中でなまえの背中に回してしまった自分の腕を、どこか他人のそれのように呆然と見下ろしていた。
(どーすんだこれ、こっから)
なまえが恥ずかしがりながらも伝えてくれた言葉を聞いていたら、愛しい想いが溢れてきて、つい身体がこう動いていたのだ。
反射的にやってしまった後から、じわじわと思考が追い付いてくる。
(つーかこれ、大丈夫なのか?なまえさん引いてないのか?)
胸の中にすっぽり収まる温もりをじっくり感じる余裕もない。
ふと脳裏に浮かぶのは、あの3人衆。
(おい、こんなんプランになかったぞ、どーすんだよ…!?)
事態を招いたのは他でもない自分なのだが、それを棚に上げてタイガは助けを求めた。すると、胸の中からくぐもった声が聞こえる。
「…あの、タイガくん。まだ顔あげちゃだめなの?」
「っ!…だ、ダメっす…ってか、離すまで上げないで下さい…」
「ええ〜?!」
なまえからブーイングの声が上がる。
しかしいくらなまえと言えどもここは譲れない。
「い、いまは…ダメっす、俺…余裕ないんで」
目を瞑ってぐっと抱きしめる力を強くする。なまえはそれを聞き、何も言わずに腕をタイガの背中にそっと回した。
「なまえさ…」
「…私だって余裕ないよ?」
なまえも腕を回したことで、より一層なまえの身体が密に近づく。ふわりとなまえの甘い香りがした。
「…あの…俺」
「うん?」
なまえの声が直接胸に響き、タイガはぞくりと身体を震わせた。
「…確かに俺、今回はあいつらに色々…助けてもらったんすけど」
「うん」
「でも別に、無理してる訳じゃないっす。その…俺」
すう、と息を吸う。
「なまえさんに喜んでもらいたいから…そのためなら別に、無理にはならねえっつーか…その」
「…タイガくん」
なまえがタイガの胸をそっと押し、身体を離して見上げる。
「あ」
「タイガくん、顔真っ赤」
「は!?だっ…そ、そりゃ…」
思わぬ指摘に、タイガは慌てて顔を隠すように右腕を上げる。
嬉しそうに笑うなまえに、タイガも反論する。
「…なまえさんだって赤いっすよ」
「あはは、そうだよね」
なまえが顔が熱い、と手の甲を頬にぺたぺたとあてる。

――こんななまえが見れるなら、こういうデートもいいのかもしれない。
タイガはふっとそんなことを思いながら、なまえにつられるように笑顔になった。

 

 

*****

 

 

「えー!?タイガきゅんまたそんな格好で行くの~?!」
「悪いかよ」
なまえと会う日、また緑色のスカジャンを羽織っていくタイガを玄関で見かけ、カケルは驚きの声を上げる。
タイガはドアを開けようとしていた手を下げ振り向き、しれっと答えた。
「せーっかくこの前おれっち達がアドバイスしてあげたのに~。あれ似合ってたよん?」
「…なまえさんもそう言ってくれた」
「え!やったじゃん!…じゃあなんで?」
「別に…俺らの勝手だろ」

俺ら、という所を心持ち強調するように言ってかすかに笑い、タイガはドアを開けて外へ出て行った。

「…俺ら、ねぇ。ターイガきゅんってば」

どうやらうまくやっているようだ――と、カケルは今度こそ安心して息をついたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

幸楽苑大好きですが名前を出してすみません…!