Happy Valentine’s Day

WEB拍手

 

 

「なまえさん、あの、俺…」
「ん?」
「俺!…なまえさんの事が、好きっす」
ふわりと笑っていたなまえの顔が、その言葉を聞いた瞬間にぎょっと驚いた表情に変わる。
そしてそれはすぐに怯えたような表情へ変化し、その唇からは嘘でしょ、という言葉が漏れる。
「え?」
「私、タイガくんのこと弟みたいで可愛いって思ってたから…そんな風に見たことなかった」
え、と声を発しようとするが、出ない。
「…タイガくんはそんな風に私のこと見てたんだ。ごめん、そういうつもりじゃないから、私」
言葉を発するなまえの顔が、どんどん冷たい表情になっていく。それをどこか他人事のように、タイガは茫然と聞いていた。
「そういうつもりなら、」
なまえが口を開く。
やめてくれ、と叫ぼうとするが、何も声が出ない。
「もう一生会わないから」
目の前が暗くなる。

 

 

 

 

「……っ!!」
はっと目を開くと、目の前には豆電球だけがぽかりとついた部屋の明かり、そして照らされる自室の天井。
ゆっくり上半身を起こして周りを見渡すと、そこはどう考えてもタイガの部屋で、壁にはいつも通りカヅキのポスターが貼ってある。
周りの景色を見て徐々に落ち着いてきたタイガは、自分の手のひらが汗でぐっしょりと濡れているのを見て苦笑した。

(……はーーっ………ビビった……)

タンクトップの首回りをぎゅっと握りながら、タイガは首だけ俯かせる。

「なんつー夢だよ…」

髪の毛をガシガシと搔き乱しながら、タイガはため息をつく。
昨晩、あんなことを考えながら眠りについたせいだ。何故わざわざ最も恐れている事態が夢に出てくるのか、己の脳に怒りを覚えながらタイガは起きる。

時計を見るとまだ朝の5時。少し早いが、仕方がない。あくびをして伸びをし、カレンダーを確認する。

ーー2月14日。

今日は、タイガにとってはあまり喜ばしくない日だった。

 

 

 

Happy Valentine’s Day

 

 

 

2月14日。誰もが知る、バレンタインデーだ。
エーデルローズには、候補生たちへのチョコはもちろんのこと、なんといってもオバレ宛のチョコがこの時期大量に届く。
予め、控えめにとアナウンスはしているのだが、そうは言ってもこの時期心を込めて送りたいのがファン心理。文字通り山のように届けられるチョコレートを仕分けするのは、忙しいオバレではなく候補生たちの仕事だった。

「えーっと、これはヒロさん、これもヒロさん。あ、これもヒロさん。…ヒロさん、強っ」
「コウジさん、カヅキさん…これはオバレ全体、と」
シンがふう、と息をつき、チョコを仕分ける手を一時止める。仕分けた山、これから仕分ける山を見ながら、シンはカケルに声をかけた。
「だいぶ分けたと思いましたけど、まだ半分はありますねえ…」
「さすがオバレってとこだねん。でもでもぉー、シンちゅわん宛にも結構きてるじゃん♪人気出てきてるんじゃなーい?」
「いや、そんな…カケルさんだってたくさん来てるじゃないですか!」
「えへへ。みんなおれっちの魅力がわかってきたのかにゃーってね。…って、そういえばタイガきゅんはー?」
タイガ宛のチョコも、本人が要らないと宣言していたわりにたくさんきているのだがーー当の本人が見つからない。
カケルはキョロキョロと首を回し周りを見渡した。
「今日の仕分け当番、おれっちとシンちゃんとタイガきゅんだったよね?」
カケルが念のため確認すると、シンはきょとんとしながらドアを指差した。
「…あ、さっき『俺だりいからパス』…って言って外に出ていきましたけど…」
「え?!し、シンちゅわん!それは止めなきゃ〜!」
「あ、でもタイガくんチョコアレルギーだからどの道触れないらしくて…」
シンが心から心配そうに説明すると、カケルは思わず大きな声でシンの声に被せた。
「それ真っ赤な嘘だからね?!ミナトっちのチョコだったらバクバク食べてんだからあのヤンキー!…もー、そんなピュアピュアじゃ、おれっちシンちゅわんが心配だよ〜」
まあそこがシンちゃんのいいところでもあるんだけどねー、と付け加え、カケルは腕を組みため息をついた。
シンはきょとんとしながら「そうなんですか?」と瞬きをしている。
「ま、とにかく探さなきゃねん。一応当番なんだから!サボりは禁止!」
カケルは眼鏡を上げ、シャツを肘までまくりあげた。

 

 

当のタイガは、庭の木の上にいつものように背中を預けて寝ていた。

(…バレンタインなんて厄介なことしかねぇ。カヅキさん宛のチャラチャラしたチョコなんて見たくねーし…)

そう心中で悪態付きながら、はあ、とため息をつく。

「…ん?」
木の上から、エーデルローズの前の道をみると、ふと一人の女性がこちらに歩いてくるのが見える。
(…いや、あれって)
タイガは慌てて背を起こす。
(なまえさん…?!)

なまえは門をくぐり、エーデルローズの大玄関のドアに近づいて行く。
タイガは考える間もなく、慌てて木から飛び降りた。

「きゃっ?!」
「あ、」

もちろん着地点はなまえにぶつからない地点を選んだが、そもそも上からタイガが降ってくるとは思いもしないなまえは、びくりと身体を震わせた。そのまま膝が折れ、不意に後ろに倒れそうになる。

「…っぶね!」
「あ、ご、ごめん」
「あいや、俺こそ…あ…す、すみません!」

なまえの腕を慌てて掴み、引き上げる。意図せず片腕で軽く抱き上げるようにしていたことに気づき、タイガは赤くなりながらなまえから離れた。
なまえはその事については特に気にもしていない様子で、姿勢を戻す。

「びっくりしたあ。タイガくん、いつもあんなところにいるの?」
「…落ち着くんすよ、木の上って」

どこか気恥ずかしく、タイガは首をさすりながら答える。そうなの?と笑うなまえは、――いつものなまえだ。相変わらずタイガが弱いそのふわりとした笑い方で、タイガを見る。
(…やっぱ、夢は夢だ)
タイガは少し胸をなでおろす。
(このなまえさんが、あんなこと言う訳ねえ)
うんうん、と一人納得するタイガ。そんなタイガの心境も知らず、なまえは木の上を見上げて言う。

「そんなに居心地いいなら私も今度登ってみたいなあ」
「え!?い、いや…なまえさんは…危ないっすよ」
それは単純に、落ちたり木の枝でケガをしたりする可能性を考え、心配して出てきた言葉であったが。なまえには別の意味で写ったのか、なまえは軽く睨むようにタイガを見た。
「あー。…どうせ運動神経よくないから落ちるって思ってるんでしょ」
「え!?や、ち、違っ……」
怒らせたかと、タイガは焦って訂正しようとする。
「どうせスケートもまともに滑れませんよ」
「……なまえさん……?」
いじけたように顔を横に向けるなまえに、タイガは目を瞬かせる。
もしかして。
「……あの、そんなに滑れなかったことショックだったんすか?」
「え!?そっ!そんなことないけど!」
「大丈夫っすよ、前も言いましたけど、もう一日行けば多分滑るくらいはできるんで」
「だ、だからそういう事じゃ……」
スケートの話ならタイガは少しだけなまえより優勢だ。恥ずかしそうに顔を背けるなまえに、タイガは意気揚々と話しかける。
「また今度、行きましょう」
「…うん。それはいいけど」
なまえの笑みにつられ、タイガも笑う。

「…そういや、今日…なんか、用事っすか?今、受験で忙しいんじゃ…」
「え?ああ、そうそう。ちょうどよかった。これ」
「え?」

なまえが小さな白い紙袋をタイガに差し出す。

「…なんすか、これ」

よく分からないまま受け取り、中を見る。黄緑色の箱に、ピンクのリボン。

「?」
首をかしげるタイガに、なまえはくすりと笑った。
「タイガくんはあんまり興味ないか。一応、それ、バレンタインのチョコなんだけど」
「ああーー…あ?!えっ?!」

その意味を理解した瞬間、タイガは目を見開き耳まで赤くなる。

「タイガくんいっぱいもらってるだろうし、食べきれないかもだけど。よかったら…」
「い、いや!食べます!絶対!」
食い気味に、タイガは大きな声で宣言する。
「あはは、ありがとう。タイガくんあんまり甘いのは嫌かなあと思って、甘さ控えめにしてみたんだ。あと、見たら分かるけど、形も虎っぽい感じに型をとってねーー」
ペラペラと話し出すなまえのその内容に、タイガはふと思い、恐る恐る口を挟んだ。
「え、あ、あの…なまえさん」
「ん?」
「…もしかして、これ手作り…っすか」
「あ、うん、そうだよ。…あごめん、苦手だった?そういうの…一応、衛生面は気をつけてるつもりだけどーー」
「そ、そうじゃないっす!!う、嬉しいっす…」
「ほんと?だったら私も嬉しいな」
ふわりと笑うなまえに、タイガもつられて目を細めた。なまえといると、ついつい顔の筋肉が緩んでしまう。
そんな穏やかな雰囲気のなか、玄関の大扉がバーンと勢いよく開き、ドドっと音を立てて人が出てきた。
「あ!いたー!!タイガきゅん!あのねえ今日の仕分け当番ーー……」
カケルとシンは、出てきた勢いそのままに話し始め、そして二人をみるとそのまま今度は口を閉じた。
「ーーって雰囲気じゃない感じぃ?」
恐る恐るカケルがタイガの顔に焦点を当てると、眉間に皺を寄せ、思いっきり二人を睨みつけている姿がそこにあった。
「あ、えーっと…シンちゅわん、仕分けの続きしよっか〜」
「そ、そうですね〜…」
なんとなくシンも「割り入ってはいけない雰囲気」を察したのか、カケルに同調する。二人がくるりと背を返し、そろそろと後退しようとした最中、思わぬ人物から声がかかる。
「あ、カケルくん、シンくん。よかったらこれ、みんなに渡してくれるかな?」
なまえがもう一つ手に持っていた紙袋を、二人に手渡したのだ。
タイガは思わず、えっ、と声を漏らした。
「エーデルローズのみんな分はあると思うから」
「あ、バレンタインですか〜?うっひょ〜!なまえさんから貰っちゃった〜☆ありがとうございま〜す!」
「うわあ、たくさんありますね!ありがとうございます!」
「……」
その様子を見ていたタイガは目に見えて分かりやすく、はっきりと表情を曇らせた。
(…俺だけじゃなかったのか)
てっきり自分だけにくれたかと思っていたタイガは両肩を落とす。
まあでも、確かに、なまえの性格からして、他のメンバーをスルーするというのは考え辛い、だろう。大体貰えただけで有難いことであるはずーー
そう自分に言い聞かせ、タイガは二人となまえが話している様子をちらりと見る。
「市販品で悪いけど…でも美味しいの選んできたから!」
「いえいえ〜!ここのメーカーって超美味しいですもんね!」
ふとなまえのその言葉にタイガは目を瞬かせる。
(市販品?っつーことは…)
袋を再び開けてちらりとそれを見る。顔を上げると、こちらを見ていたなまえと目が合った。
しー、と口に人差し指を当てるなまえに、タイガは顔を赤らめながら思わずコクコクと頷く。

「え?なになに?二人とも意味深なんですけど〜?」
カケルが目ざとくその様子を見つけニヤリと笑うと、タイガがうるせえ、と睨み返す。ドアの近くまでドスドス歩き、カケルの背中をばしんと叩く。
「なんでもねえよ!いいから、戻んぞ。仕分けすんだろ」
「あ、やっとやる気になったんだ」
「まだ半分以上あるんだよ〜」
「仕分けって、チョコレート?大変だねえ」
「いやーそうなんです!ほとんどオバレなんですどねん。でもでも、おれっちたち候補生にも来てるんですよ〜。タイガきゅんにだって今年結構来てて…んぐ」
「てめ…余計なこと言うんじゃねえよ!」
慌ててカケルの口を後ろから腕を回して塞ぎこむ。
「ちょ!ちょちょちょ、ギブギブ!!これ首しまっちゃうからっ!!」
「締めてんだよ!」
「あわわわ、ふ、ふたりとも落ち着いて…!」
暴れる二人に、オロオロするシン。その様子を見て、なまえがおかしそうに声をあげて笑う。
「楽しそうだね、エーデルローズって」
「はい、楽しいです!」
シンがにこやかに相槌をうつ後ろで、カケルが「シンちゅわんたすけて〜!」と叫ぶ声が庭中に響いた。

 

 

 

 

なまえが帰った後、3人となった仕分け体制により思った以上にチョコレートの仕分けは早く終わった。

オバレは今日は寮に帰ってこないため、ダンボールにつめて、寮長である山田に渡しておく。そのダンボールにしても一人10箱くらいになってしまい、3人は改めてオバレの偉大さを思い知った。

「お〜ご苦労さん。ミナトが今お茶淹れてくれてるみたいだから、とりあえず休憩しな〜」
「はいっ」
「っス」
「お!ミナトっちのお茶〜♪今日は紅茶かな〜?」

山田の言葉に各々返事をした後、タイガは階段を駆け上がり一旦部屋へと戻った。

「…よし」

部屋の中で、念のため鍵を閉めた後、タイガはベッドの上に胡座をかいた。
目の前には白い紙袋。今日、なまえにもらったものだ。
ゆっくりと紙袋から黄緑色の箱を取り出し、ひっくり返さないよう気をつけて目の前に置く。
リボンをスルスルと引っ張り、箱を開けるとーー6つのチョコレートが整然と箱の中に並んで入っていた。虎の顔をしたもの、アルファベットのTが描かれたもの、祭の字が描かれたもの。それらが二つずつ並んでいる。

「…すげ」
これ作ったのかよ、と独り言を呟きながら、スマショを取り出し写真を撮る。一枚撮った後少し考え、もう2,3枚撮った。

タイガは思わず緩む口元を片手で抑える。なまえが、タイガが好きなものやモチーフをわざわざ考えて作ってくれた、ということに言いようのない喜びを覚えた。

「…へへ」

こうなってくると、人に見せたくなるのが人間のサガというものだ。タイガも多分に漏れず、こんなものをなまえから貰ったのだという事を示したくて仕方がなくなってきた。

ーーとはいえ、性格上、どうだどうだと見せびらかすことも難しい。
(どうすっかな…つーかこれ、どのタイミングで食えばいいんだ…)
写真は撮ったものの、食べてしまうのが勿体無い。しかし次になまえに会ったら、きっと味はどうだったか聞かれるだろう。

(…そういや、ミナトさんが茶淹れてくれてんだっけか)

だったらそれと一緒に食べてしまおうと、一旦チョコを箱にしまい、それを手にタイガはリビングへと降りた。

リビングでは既に候補生一同が集まり、わいわいと今日届けられたチョコを開封して楽しんでいた。

「はいはーい、食べていいのは市販品だけだぞー。手作りか、もしくは市販品か確認がとれないものは回収な〜。市販品も食べるのは俺がまずチェックしてからだぞ〜」

山田が手をパシパシと叩きながら皆にアナウンスする。

「えええ、なんでですかぁ。こんなにみなさんの思いがいーっぱいこもった素敵なチョコなのにぃ…」
レオが手を組みながら涙ながらに訴える。
「そんなに警戒する必要あんのかよ?」
ユウも残念そうに続ける。
「うーん、まぁ、それは仕方ないかもね〜?まあお手紙は読ませてもらうけど!」
カケルが苦笑いしながら、チョコについていた手紙を開けた。
「ま、中学生組にはまだ分かり辛いかもしれないけどな。…手作りってのはいろいろ怖いんだよ」
俺の経験談話すか?と笑う山田に、レオとユウはひっ、と縮んだ。
「い、いいです…なんとなくわかった…かも」
レオとユウがおずおずと着席すると、山田は満足気にわかればよろしい、と笑う。
その隙にちゃっかり奥の方に座っていたタイガは、なまえから貰った箱を再び開ける。

「ん?タイガ〜?それ俺チェックしたか?」

山田が発見し、ピッと指を指す。
びくっとタイガの肩が揺れた。

「…や、これは。直接貰ったもんだから…」
「直接でも関係ないぞ〜。っていうかそれ手作りだろ〜?回収回収〜」
「え、あ、違っ…これはファンから貰ったんじゃねえから!」
「え?じゃあ誰からなの?」
なまえの事を知らない山田は、女性が苦手なタイガが一体ファン以外の誰から直接貰うのかと、訝しげに首を傾げる。
「あ、もしかしてなまえさんの?それ」
そこへカケルが助け舟ーーもしかしたら違う舟かもしれないがーーを出す。
「あ、ああ、まあ」
「えー!なになに、やっぱタイガきゅんだけ別であったんだ〜。ヒュー、やるじゃ〜ん、タイガきゅーん」
「え?なまえさんって」
ユウが椅子の背から肩を出し、振り返る。
「さっきシンが言ってたやつ?なんか俺ら宛にくれたって…」
「そーそー。さっきシンちゅわんが広げてたのはエーデルローズ宛で、これはタイガきゅん個人のものだって〜。よかったね〜タイガきゅん」
カケルが肘でタイガをつつく。タイガは仏頂面をしながらも顔を赤くさせ黙り込んでいた。

「あぁ!なまえさんって、タイガくんが好きな人でしたっけ…!あ〜会ってみたかったです〜」
手を組んで目を輝かせるレオ。
「えーなに、タイガ好きな人とかいるの」
驚いたように目を丸くする山田。
「カヅキさんの親戚なんだよね?確か」
ミルクティーを出しながら、ミナトがにこりと笑う。
「ほう、タイガも隅に置けないな」
優雅にお茶を飲むユキノジョウ。
「惜しかったなー、今日もうちょっと早く帰ってたら見れたんだろ〜そのなまえさんって人」
ユウが手を頭の後ろに置き残念そうに椅子にもたれかかる。

タイガは怒涛の如く浴びせられた皆の発言に、目を丸くした。
「ちょっ…ちょっと待て!な、なんでおまえらそんな…知っ…知って」
「え?だって別に言っちゃだめって言われなかったしぃ?」
「…やっぱおめぇか!!」
タイガが思わず立ち上がると、カケルが待って待ってと手で制す。
「いやだってさ〜そもそもタイガきゅん好きって認めてなかったし〜。話の折になまえさんの事が出てくることもあるわけじゃん、そういう時本人が好きって言ってないのに隠すのも変な話なわけで〜。変に名前を伏せると逆にみんな気になっちゃったりするでしょ~?」
カケルがペラペラと流暢に話し出す。話術の対決となるとタイガには不利だ。好きと認めていなかった、という部分を強調され、タイガはうっ、と口籠もった。
「それにおれっちタイガきゅんがなまえさんのことを好きだとは言ってないよ〜?ただなまえさんに会うとやたら赤くなったりなまえさんの方ばっか見てたり滅茶苦茶迷った挙句話しかけに行ったりするよーってのを客観的に言っただけ♪」
「だー!もういい!わーったよ!」
タイガは再び乱暴に椅子に座る。
どれもこれも嘘ではないため否定もできない。
「…ま、マジなとこ言うとこのメンバーなら大丈夫っしょって思ってたのもあるよん。どうせバレるの時間の問題だし」
カケルが少し声を低くし、小声で補足する。大抵カケルがこのように最後に付け加える言葉が1番の本心だと知っているタイガは、しかたねぇとばかりにため息をついた。
「それで、香賀美はなまえさんのことが好きってことでいいんだね?」
「へっ?!」
ミナトが笑顔でさらりととんでもないことを確認してきた。
気づけば、何か気を利かせたのか分からないがーー山田はいなくなっており、エーデルローズスタァ候補生、タイガ以外の6人の目が一斉にこちらを向いている状況となっていた。
「そーだよな、そこはっきりさせた方がいいと思うぜ!どうなんだ?」
こういう話が意外と好きなのか、目を爛々と輝かせてユウも身を乗り出してくる。
「や…あの」
「どうなんですかぁ?」
「そ、そうなの?タイガくん…!」
「お、お前ら…」
いつの間にやら目をやたらに輝かせるエーデルローズ生にじわじわと周りを囲まれていた。こうなるとこのメンバーは厄介だ。好奇心の強いメンバーが多いため、一度火をつけるとなかなか収まらない。どう誤魔化そうかとタイガが考えていると。

「ーータイガ。あまりこんな事を言いたくはないが、態度をはっきりさせないのは、男らしさからは程遠いのではないか?」

ユキノジョウがスパッと太刀で切るように口を開いた。

(…う…)

そう言われると反論の仕様もない。ここでユキノジョウの言葉に更にうだうだと言い訳をしたり誤魔化したりしたらもうそれは「男らしくない」態度に映るだろう。
退路をしっかりと断たれてしまったタイガは、膝の上で両拳を握りしめた。

「…あー!そうだよ!好きだよ!!何か悪いかよ!!」

勢いでそう叫ぶと、エーデルローズ生は一瞬驚いたように目を丸くしたのち、誰からともなくパチパチと拍手をし始めた。

「あ…あ?!なに拍手とかしてんだ!おい!」
気恥ずかしさに、タイガは赤くなりながら恫喝するが、エーデルローズの面々はにこやかな笑顔でタイガを見守っている。
「いやぁ、俺っち感動〜。卵から育てたヒヨコが立派に鶏になったのを見た気分っていうの〜?」
「あ?!何言ってっかわかんねえよ!」
「素敵です♡タイガくんきっとますますステキなプリズムスタァになれますね♡」
「は?!んなの、お、俺はストリート系だから関係ねぇよ…」
「ひとつ成長したね、香賀美」
「我々のお客様には女性も多い。恋路はきっとタイガのショーを豊かにしてくれるだろう」
「や…俺は…別にそういう…」
「まぁようやくタイガもこのゼウス様に追いついたってとこだな!」
「すごいなぁ!僕まだそういう気持ちになったことないから…、タイガくんが羨ましいよ!」
「…ん、んだよお前ら…!」

反応に困ること言うんじゃねえ、とドスを聞かせて怒鳴ってみるものの、やたらと温かい眼差しが降り注ぎ、全く効果は得られなかった。
そんな中、カケルが拍手をやめ、ため息混じりに口を開く。

「まあでも、ようやくここからだからねん。なまえさんと付き合うまで、俺っちたちがちゃんと見守らないと!」
そうですね、そうだなーーと皆が口々に声を揃える中、タイガが一人ぎょっとした様子で目を丸くする。
「は?!いや、いいっつーの!ほっとけ!」
「な〜に言ってんの。ほっといたら好きって気持ちすら認められなかったくせに」
「う…」
「大丈夫ですよ、タイガくん!私たち一生懸命サポートしますから!」
「まあ俺も、暇な時は協力してやってもいいぜ?」
「何か出来るかは分からないが…力になれる時は言ってくれ」
「デートに使う美味しいレストランなら、いつでも紹介できるからね」
「ぼ、僕も…!何もできないかもしれないけど、精一杯応援するよ!」
「う……」
メンバーの純粋な好意に、タイガは何も言い返せず、赤くなったまま黙り込んだ。しかたねえな、と呟き、片肘をつく。
「…ま、まぁ…いいけどよ。でも俺には俺のペースがあんだから、あんま細かく言ってくんなよ」
「あーらら、いっちょまえに。どんだけ遅いのタイガきゅんのペースって」
「あぁ?!おめぇなあ!!」
ガタンと立ち上がり、カケルとわぁわぁ喧嘩し始めたタイガを見て、ユキノジョウとミナトは安心したようにふふっと笑った。
「ーー何か変化があるかなって思ったけど、基本的なところは変わらなさそうで逆に安心したよ」
「そうだな。変化があるとしたら…」
「いい方向かな。このままうまくいくといいけど」
上級生二人が見守っていることにも気が付かず、タイガはカケルと言い合いを続けていた。シンとレオがハラハラしながら二人を交互に見、ユウが半分呆れ顔でその様子を見ている。
やれやれ、と二人は腰を上げながら近づく。

「ほらほら。そこらへんにしておくんだよ」
「下級生が困っているだろう」
「いやでもこいつが!」
「そうだよタイガきゅん。大人にならなきゃ♪」
「だー!おめぇが言うとほんっと腹立つんだよ!!」
「香賀美。いい加減にしないと、りんご。…持ってくるよ?」
「ひっ」
「…相変わらずその弱点は健在なのな」

ミナトの言葉に青ざめるタイガに、ユウは苦笑いをして呟いた。
エーデルローズは、今日も賑やかだ。