Happy Happy Birthday!

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4月の末日だった。暖かい陽気が差し込むようになった頃、ミナトに言われて買い出し中だったタイガは偶然なまえと会い――もっともなまえの家が近いためそれは珍しくないことなのだが――二人並んで帰路を共にしていた。
なまえはいいよ、と言ったが、タイガが「送るっス」と強く主張したため、たくさんの食材を肩から下げながらなまえの家まで共に歩くこととなった。

他愛もない話をする中、ふとタイガが今悩んでいることを漏らす。

「仁科くんの誕生日?」

タイガはそうなんす、と頷く。そういえば5月5日だっけ、となまえは人差し指を顎にあてて思い出すように首を上にあげた。

「確かにもうすぐだね。それで、何をプレゼントするか迷ってる、ってこと?」
「まぁ…そういうことっす」

プレゼントというか、どう祝えばいいのかと思って、とタイガは付け加えた。なまえは腕を組む。

「うーん、仁科くんかあ。そうだなぁ」
「…その、なまえさんなら、カヅキさんが好きなもんとか色々知ってるかと思って…」
「んー…」

なまえは眉をひそめて目を瞑る。しばらく唸っていたかと思うと、パッと目を開き、ため息をついた。

「…仁科くんはなんでも喜んでくれそうだけど…逆に何にも具体的なもの思いつかないね…」
「そ、そうなんすよ」

タイガはなまえを振り返り同意した。

「好きな食いもんはコウジさんが作った飯だって言うし、欲しいもんはなんか、モノじゃなくて技術だって言うし…どーしたもんだかと思って」
「うーーん。確かにそれは難しいなあ」
「…なまえさんは、カヅキさんになんかあげたことないんすか?」
「ん?私?…んー最近は特に…小学生くらいのときには、クッキーとかマフィンとか焼いて、誕生日に渡してたかな。中学生に上がる頃に、なんだか気恥ずかしくてやめちゃったけど」
「…そ、うなんすね」
ーー羨ましい。
タイガの頭の中の半分を急にその感情が占めた。毎年誕生日になまえからの手作りのお菓子をもらっていたなんて。さすがカヅキさんだな、という気持ちと、それを難なく手に入れていたカヅキが羨ましいという気持ちが混ぜこぜになり、タイガは顔をしかめた。
(…で、でも俺だって…バレンタインにもらったし)
右手をぐっと握りしめる。
「その時は喜んでくれたけど…でもタイガくんがあげるとなると、多分違う…んだよね?」
「それは…そうっすね」
女子同士ならともかく、男同士で手作りのお菓子をあげるというのはタイガの選択肢には到底あがってこないものだった。もっとも、ミナトやコウジなんかはいいのかもしれないが。
「んー。あ、そうだ。仁科くん、最近このーー手首にするやつ、欲しがってた気がする。練習してたらボロボロになってきた、って」
「手首?…リストバンドっすか?」
「あ、そうそう!それ」
なんかタオルを固くしたような素材のやつ、となまえが自分の細い手首を触りながら言う。
「…なるほど。それいいかもしんないっす」
「ね。何個あってもいいし」
「…そっすね。…あの」
タイガはポケットに手を突っ込みながら、言い辛そうに足の下のコンクリートを見つめながら口を開く。
「ん?」
「…そ、その。もしなまえさん時間あったら…買うの付き合ってくれませんか?」
言い終わる頃にちらりとなまえを見る。こんなこじつけたように誘うのはよくないだろうか、とも思ったが、こういうことでもないとなかなかなまえを誘えないのだ。
タイガが緊張した面持ちでなまえを見ていると、なまえはにこりと笑い、タイガを見て言った。
「もちろん!」
タイガはつられて笑ってしまう。なまえの笑顔は、まるでプリズムショーみたいだ、と思う。見ている方が胸を締め付けられて、煌めきを感じてしまう――という意味において。
(…ってなに考えてんだ俺は)
首をブンブンと左右に振ると、なまえが「ど、どうしたの?」と目を丸くしていた。
「や…なんでもないっす。む、虫がいて」
「あー、最近暖かくなってきたもんね。…買いに行く日、どうしよっか。私前日の――5月4日なら空いてるけど…」
「えっ」
「ん?」
カヅキの誕生日の前日。ーーそれはつまり、タイガ自身の誕生日でもある。なまえはそれを知らないのだろう。言った覚えもないし、まさかこの日だとは思うまい。
少し動揺したが、タイガは頷く。
「あ、い、いや。大丈夫っす。そこで」
エーデルローズでは、どのみちタイガもカヅキも誕生日が近いからということで5月5日にまとめて祝っている。つまり5月4日はフリーなのだ。
「そう?じゃあ、5月4日の10時くらいにーー前のところでいい?ストリートのショー行った時の…」
「はい!それでいいっす」
「ふふ。なんだか楽しみだね、仁科くんのプレゼント選びだなんて」
「そうっすね…」
(それに…)
誕生日は、なまえと一緒にいられることが決定したのだ。カヅキの誕生日は盛大に祝わなくてはならないが、自分のなんてどうでもいい――そう思っていたタイガだったが。なまえと一緒にいられると思うと、タイガは緩む頬を引き締めるのに必死だった。

 

 

*****

 

 

――そして5月4日当日。

カヅキへのプレゼントもいいものが無事買え、なまえと一日誕生日を過ごしーータイガは満ち足りた気分で帰り道を歩いていた。
「よかったね、ちょうどいい色のものがあって」
「はい」
値段も手ごろだったしね、と隣で話すなまえをタイガはちらりと見る。
「ありがとうございます。すんません、結構付き合ってもらっちゃって…」
「ううん。楽しかったよ」
タイガは顔を赤らめながら、あの、と呟いた。
「ん?」
「俺――カヅキさんに、ダンスバトル申し込もうかと思うんです」
「え?」
「いや、その。今の俺が、カヅキさんの後ろ姿を見て、どれだけ成長したか、…それを見てもらいてぇって思って。だから、それも…」
「そっか。誕生日プレゼントの一環なんだね。…うん、いいと思う。それすごく、仁科くん喜ぶと思う」
なまえに笑顔で肯定され、タイガはほっとしたように目を細めて笑う。少し迷っていたが、なまえが言うなら多分大きく外してはいないはずだ。
「タイガくん、仁科くんのことよく分かってるんだね」
「え?!…や、そんな……、そ、そうっすか…?」
「うん。私思いつかなかったもん、それ」
「や、別に…」
なまえに、カヅキに対する熱意を認められたということがなんだか嬉しくも気恥ずかしく、タイガは赤く熱くなっていく顔を手で拭うように隠す。
(…これなら、カヅキさんのことちゃんと祝えそうだな)
なまえと選んだプレゼントと、自分自身の今を見せる。――そこまですれば、自分でも納得いくだろう。
「タイガくん」
「はい?」
そんなことを考えていたら、いつのまにかなまえの数歩先を歩いてしまっていたらしい。後ろからかかる声にタイガが無防備に振り返ると。
「はい、これ」
「うわっ?!」
ボスン、と音がして、目の前がいきなり暗くなる。ーーいや、なにか物が目の前に塞がっている、のだ。
「えっ?」
慌ててそれを手に取り見るとーー薄いピンクの紙でラッピングされ、赤いリボンをつけられたーー何かがあった。
「…あの、」
なんすかこれ、と言おうとして顔をあげると、なまえが笑顔で目の前に立っていた。
「タイガくん、誕生日おめでとう」
「……え」
「気にいるかわからないけど、それプレゼント。よかったら使ってね」
「……」
「あ、あれ?…誕生日、なんだよね?」
反応のないタイガに、なまえは焦ったように口元に手を当てた。
タイガはその姿にはっとようやく気を取り直す。
「え、あ、は、はい!誕生日…っす、けど…な、なんで知って…」
「ん?ああ、仁科くんが教えてくれたの。もう、タイガくん言ってくれればよかったのに。もう少しで誕生日スルーしちゃうとこだった」
なまえが困ったように笑う。
「カ、カヅキさんが…?」
「うん。実は二日前にね、少しリサーチできたらなーと思って念のため仁科くん家に行ってみたの。そしたら、タイガくんの誕生日が前日なんだって、仁科くんが。エーデルローズで二人まとめてお祝いしてくれるんだーーって言ってた」
「……」
「タイガくん?…あ、あの、ごめん。もしかして嫌だった?誕生日とか知られるの…」
無言で立ち尽くすタイガを、不安そうななまえが覗き込む。
タイガは突然眼前に現れたなまえの顔にビクッと飛び上がり、一歩後ろに下がった。
「え!や!ち!違います、その、俺……あの……嬉しいっす、すごく……」
「ほんと?じゃあよかった」
「あ、あの!マジで!嬉しいっす、ほんとに!」
驚きから、じわじわと喜びがタイガを侵食していく。思わず大きな声をあげると、なまえは照れたように笑った。
「そんないいものじゃないよ?」
「いや…」
なまえがくれたという時点で、もうこれは「いいもの」に決まっているのだ。
タイガは真っ赤になりながら抱えているプレゼントのつつみを見た。
「あの、開けていいっすか」
「うん、どうぞ」
リボンをスルスルと解くと、中から出てきたのは、黄緑色をベースにしたTシャツだった。左胸のあたりに、小さくリアルな虎の刺繍が入っている。
「…い、いいんすか。こんなのもらって」
「もちろん。なんか虎がタイガくんっぽいかなと思ってさ。あ、あんまり趣味じゃなかったらパジャマ代わりにでもしてくれればーー」
「き、着ます!絶対っ」
「え、う、うん。着てくれたら嬉しいな」
食い気味に声を上げるタイガに、なまえは少し驚きながらもにこりと微笑む。
「男の子に誕生日プレゼントなんて、それこそ仁科くんに小さいころお菓子あげた以来だったから迷っちゃった」
手を背中で組み、なまえが前を見ながらぽつりと呟く。
「……そ、そう…っすか」
さりげなく吐かれた言葉に、じわじわと喜びが満ちていく。
「うん。でも大きく間違えてなかったみたいで、よかったよ」
「間違えてなんか…、最高っす」
そうタイガが言い切り、ぐっとプレゼントをしっかり持つ。
「よかった。タイガくん、Tシャツ好きなんだね」
「……や、ま、まあ……はい……」
そういう事ではないのだが、否定したところでならばどういうことかと問われても今のタイガには答えられなかった。嘘ではないから、という言い訳のもとに頷いて見せる。
「あ、あの…」
「ん?」
「なまえさんは、誕生日いつなんすか」
「え?私?」
なまえがタイガを振り返り、誕生日を伝える。タイガは即座に心の中で何度か繰り返し、記憶しようと努めた。
「…じゃ、じゃあ。絶対に、なまえさんの誕生日には、お返し、するんで」
「え?別にいいよ、そんな」
別にそれ目当てで渡したわけじゃないから、となまえは手を軽く振るが、タイガとて「お返し」がメインの目的ではなかった。
(誕生日にもらったから、相手にもあげるってのは、…自然だよな?)
もともとそのうち機会があれば、なまえの誕生日を聞いて祝おう、とは思っていたものの。先輩であり共に寮に住むカヅキに対してならまだしも、異性であるなまえを突然祝ったりするのは自分の立場からしてどうなのか――と延々考えていたタイガにとって、これはチャンスだったのだ。
「いや!絶対、するんで…その」
風邪をひいてもいないのに、ゴホン、と咳払いをする。
「なまえさん、誕生日、空けておいてもらってもいいっすか…その、1時間でも、いいんで」
「え?まだ先だよ?」
なまえはきょとんとするが、タイガは負けじと攻める。
「それでも!ちょっとでもいいんで!」
「うん。…別に1時間と言わず、ごはんでも行こうよ」
「…ッはい!行きます!」
絶対っすよ、とタイガが念押しすると、なまえは目を細める。
「わかった。じゃあ手帳に書いておくね」
「俺…、店探しときます」
ミナトが以前、色々なカフェやレストランの知識を語っていた気がする、と思い出しながら、タイガはそう伝えた。
「でもタイガくんも忙しいでしょ?最近、エーデルローズのみんな、人気出てきたって仁科くんも言ってたし…そんな先のこと、タイガくん忘れてても知らないよ?」
そう言って、なまえがいたずらっ子のように微笑むと、タイガは目を丸くしたあと、かすかに細めた。
「……忘れないっすよ。絶対に」
タイガはふっと笑った後、静かにそう呟く。
なまえはタイガの反応が意外だったのか、目をぱちぱち瞬かせ、「う、うん。ごめん…」と謝った。
「つーか、なまえさんこそ、忘れないでくださいよ。俺…数日前から、LINEするんで」
「…覚えてるよ。そんな前からお祝いしてくれるって言われたの、初めてだもん」
「…そっすか」
少しでも、自分に関係することが、なまえの記憶に残ればいい。自分が思っている10分の1でもいいから。
タイガはそう思いながら、もう一度Tシャツをぎゅっと強く腕に抱いた。

 

 

*****

 

 

「あれ?タイガきゅん、そんな服持ってたっけ」
「あ?」
カケルの声に振り返るタイガは、いつもの緑色のパーカーの中に、なまえにもらったTシャツを着ていた。
「…あー、これは…まぁ。もらったんだよ」
「え?もらったって…タイガきゅんが?」
「どういう意味だ」
タイガは凄んで見せるが、カケルは意に介した風でもなくそのまま続ける。
「この前の誕生日パーティーでも、誰もそんなのあげてなかったよね~?」
「……」
「あ」
もしかして、とカケルがタイガを指差す。
「…うるせーな」
耳まで赤くなったタイガを見て、カケルはにんまりと笑う。
「え、なに、マジマジ?なまえさんからなのそれ?」
「いーだろ別に!誰からでも!」
「何言ってんの、そこが重要なくせに〜♪」
「だーっ!うっせーなもう!」
タイガが虫を払うかのようにカケルに向けて手をしっしっ、と振る。
うわっタイガきゅんひど~、と言いながらも、カケルはさほど傷ついてもいない様子で、にんまりと笑った。
「…ま、よかったじゃん♪」
「…あー、まーな」
相変わらずぶっきらぼうに視線を斜め下に向けるタイガに、カケルは眼鏡の奥でひっそりと目を細めた。