一年の始まり

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ーーパン、パン。

 

 

元日の昼。澄み渡った青い空の下、赤い鳥居をくぐったその先に、両手のひらを合わせる音が軽快に響き渡る。
7人のその音がそれぞれ終わり、めいめいがぺこりと頭を下げると、今度は砂利の音を立てながら今来た道を戻る。

 

「なー、何お願いしたんだ?」
その7人のうちの最年少のユウが、目を爛々と輝かせて口火を切った。
「あ?」
「なにって……」
「涼野、そういうのは人に言わないものだろ?」
タイガ、シンの後に続き、ミナトが少し困ったように口を開く。
「えー。なんだよ、別にいーだろー?じゃあ俺からな!俺は、今年もゼウスの名を世に知らしめて、今年こそあいつを上回る活躍を見せるっ!」
「あいつ?」
「ヒロさんのことじゃにゃーい?」
ユキノジョウが首を傾げると、その後ろからひょこりと顔を出し、カケルが面白そうに補足した。
「弟くんは目標がおっきいねえ」
「ユウくん、すごいです!私は、色々お願いしちゃいました……もっと素敵なデザインができるようになりたいとか、プリズムショーがいっぱいしたいとか、お姉さまたちといっぱい遊びたいとか……」
「レオくん、長かったもんね」
お祈りしてる時間、とシンが笑うと、レオは揶揄わないでください!と頬を膨らませる。
「ふむ。そう言われると、自分は……あまり願わなかったな」
「えっ?」
「願う、というか、意気込みだな。今年も、プリズムショーも歌舞伎も手を抜かず全力で挑むと」
そう誓わせてもらった、とユキノジョウ。
「ひょ〜、さっすがユキちゃん」
かっこいーねー、とカケルが口笛を吹く。
「まあでも、俺っちも似たような感じかな〜。両立頑張んなきゃね〜」
「凄いな、二人は。……俺は、やっぱり料理かな。今年も少しでもコウジさんに追い付きたいって思ってる」
「ミナトさんのご飯、今もすっごく美味しいですよ!……僕は……あは、少し恥ずかしいんですけど……今年もこの7人で、一緒にプリズムショーができればいいなってお祈りしました!」
シンが頬を掻きながら笑うと、カケルは眩しそうに目を細める仕草をやや大袈裟にしてみせた。
「シ、シンちゅわん……今年もピュアッピュアだねぇ……おじさんずっとそのままでいてほしいにゃ〜…」
「へ?」
「……何意味わかんねーこと言ってんだよ」
シンが首を傾げると、横からタイガが眉を顰めてカケルを見、ため息をついた。
「……で、そーゆータイガきゅんは何をお願いしたわけ?」
「は、はあ?!」
「そーだよ、タイガだけだぞ、あと言ってないの」
「ん、んな、知らねーよ!お前らが勝手に言ってっただけだろが!」
「でも、それを聞いたわけだし、なあ」
「ミナトさん?!いやだってさっき」
ユウに聞くなって言ってたじゃないっすか!と慌てるタイガだが、もう自分の順番を終えたミナトはにっこりとタイガの肩に手を置くのみだった。
「ま〜でもさぁ、タイガきゅんのお願いごとなんて正直大体わかるけどねん」
「あ、ああ?!ん、んなわけねーだろ」
「とりあえずまず、カヅキさんと同じ舞台に立ちたい!とかその辺りでしょ」
「がっ……なっ……ん」
タイガは「なんで」と言いたげに口をパクパクさせるが、カケルだけでなくユウにまで「まあ……なあ」と言われたことで少々ショックを受けたように頭を上げ、そして観念したように項垂れた。
「……っ」
「あ、あと今年はもう一つ」
「っ!」
カケルが人差し指をピンと空に向けると、タイガはびくりと身を震わせる。
「え?もう一つ、ですか?」
「シ、シシシン!そーいやーお前おみくじ引きたいって言ってたよな!」
きょとんとするシンに、急に肩を組み始め、タイガは授与所へ向かおうとする。その背後から、眼鏡をクッと人差し指で上げ、カケルはにやりと笑った。
「なまえさんがカノジョになりますように♡でしょ?」
「は、はあああ?!?!ちっ」
「あ、一度神さまにお願いしたこと否定しちゃってい〜のかにゃ〜?」
「……っ」
タイガは顔を真っ赤にし、再びシンの方へ振り向き直す。
「ちがわねーけどちげえし!!」
「なんだそりゃ」
「ははは。カズオ、その辺にしておきなよ」
「は〜い」
「ったく……」
ミナトに諌められたカケルがぺろりと舌を出すと、タイガは腕を組み頬を赤く染めたままそっぽを向いた。
ーーリリリリ。
ちょうどそのタイミングで、そんなに大きいとは言えない神社にスマホの着信音が響き渡る。
「あ?」
「あれ?これ、タイガくんじゃない?鳴ってるの」
「あ、俺か……っどああ?!」
シンに指摘され慌ててパンツの後ろポケットを探るタイガは、画面を見て大きな声を出す。
「え?」
「どうしたんだ?」
「え、あ、いや、っと……ちょ、ちょっと電話出る!」
慌てたタイガが、少し隅の方へ行き緊張した面持ちで電話に出る。
ややあって聞こえてきた「あ、は、はい!お疲れ様っす!あじゃない、あけましておめでとうございますカヅキさん!」の声に、6人はあ〜…と納得の息をついた。
「カヅキさんから電話か。道理で慌てるわけだ」
「だねん。……にしても、何だろね?お正月早々」
「ふむ。確かに……御三方とも忙しそうだしな」
年長組3人が訝しがっている間にも、タイガはいつにもなく背をピンと伸ばし、誰もいない空間に向かってたまに礼をしたりしている。
「ええっ?!」
「うわっ」
急に大きな声をあげたタイガに、6人は振り返る。
「……あ、サーセン、その…いや!嫌とかじゃなくて……は、はい。も、もちろん!お、俺は、はい、俺はいいんすけど、でも……い、いやいや!そうじゃないっす!むしろ嬉……あ、いやじゃなくて……えっとあ、は、はい……分かりました、はい、っす、はい」
ほどなく、耳からスマホを外すタイガの仕草が目に入る。
耳まで真っ赤にしたタイガが、振り返って言うことには。
「……わ、悪ぃ。俺これからちょっと出るわ」
「それはいいけど」
「カヅキと初詣か?」
「あ、や、えと」
「?」
「煮え切らないな」
大体電話の内容を予測していた6人は、やはりと言った顔で返すが、タイガは妙に照れ臭そうに目を逸らす。
不思議そうな顔でユキノジョウが返すと、ごくり、とタイガが唾を飲んだ。
「……カヅキさんと……その。な、なんかしらねえけど、なまえさん……もいる……って」
タイガがぼそぼそと呟くと、6人は揃って目を丸くし、ええええっ、と大きな声を出した。

 

 

 

「おー、なまえじゃねーか」
「あ、仁科くん」

家から近くの神社の前でふらふらしていると、横から明るいカヅキの声がした。なまえは思わず振り返る。

「あけましておめでとう」
「おう!あけましておめでとう。……新年早々会うなんてな。何してたんだ?」
「ん?いや、お茶がなくなっちゃったから、コンビニにね。今日は人が多いからさ」
なまえはビニール袋を掲げて見せる。あー、とカヅキがその様子を思い浮かべるように相槌を打った。
「近くに神社あるしついでに〜って思って、フラフラしてたとこ。仁科くんは?」
「あー、俺も似たようなもんかな。ヒロとコウジと初詣行くって言ってたんだけど、急遽それが明日になってな。せっかくだしと思って一人で来てみたんだ」
ここならあんまり人来ないしな、と笑うカヅキに、そういえば彼はいまや超有名人だったのだ、となまえはその事実を思い出す。カヅキ自身は昔から変わらないのでついついその事実を忘れてしまうが。
「大変だねえ」
「ん?まー、そうでもねえよ」
せっかくだし、二人で参拝するかーーとなったところで、カヅキが「あっ!」と急に声を上げ、なまえを振り返る。
「ん?なに?用事?」
なら気にしないで、と言いかけると、カヅキはいや、と少し照れ臭そうに頭を掻く。
「や、そのーー……もしなまえがよければ、なんだが……」
「ん?」
「えっとだな、その。……タイガも呼んでいいか?」
「タイガくん?」
意外な言葉に、なまえは目を丸くする。
「あ、ああ。いや、そのーーあいつ、初詣行きたがってたし、今から電話してみてもし来れたらだけど」
「それはもちろん、構わないけど」
なんでまた急に、と思わないでもなかったが、確かに、タイガはカヅキを尊敬しているようだし、もしかしたらカヅキが行くなら自分もと前々から言っていたのかもしれない。それを汲んでのカヅキの提案かと、なまえはなまえなりに納得をした。
しかし、そうなると。
「……っていうか、それ、むしろ私邪魔じゃない?二人で初詣行くんだったら、私さっさと済ませて帰ろうか?」
なまえなりに気を利かせたつもりだったが、それを聞いたカヅキはいつになく慌てる。
「えっ?!あ、いや、それじゃ意味が……じゃなくてだな、いや、ほら、正月だし、せっかくなら人数多い方がいいだろ?」
「……まあ……」
「も、もちろんなまえが嫌ってんなら止めるけど」
「私は嫌じゃないよ、全然」
「だったら、決まりだな」
カヅキは安心したように頷き、スマホを取り出す。おそらくタイガに電話をかけているのだろう。
「おう!タイガ。あけましておめでとう。今いいか?ああ。その、急な話なんだけどよーー」
カヅキが電話をかけているのをぼんやり見つめながら、ふと、なまえは自分の今の服装に気付く。初詣だからといって着物を着ているわけでは勿論なく、コンビニに寄ったついでのいつもの普通の普段着だ。コートこそお気に入りのものだが、その中はどちらかというと友人と休日出かける時なんかにはあまり着ていかないような、本当にフツーの普段着だった。
(……タイガくん来るなら違うのにすれば良かったかな)
ふっとそんなことを考え、なまえは頭を軽く横に振る。
「……いやいやいや、何を」
「おう!あ、そうそう、なまえもいるんだけど、いいよな?……え?嫌なのか?……ああ、だよな。なまえはいいって言ってくれてるけど……緊張するとかなら……ん?ああ。うん、来るんだな。わかった、場所は……」
カヅキが電話しているのを聞きながら、鏡をバッグから出す。少しだけ前髪を整えた。
電話を終えたカヅキに、声をかける。
「……タイガくん、なんだって?」
「ん?あー、今すぐ来るってよ」
「大丈夫だったかな」
「結構近くにいたっぽいし、大丈夫だろ。走ってくるってよ」
「ええ?!いいよそんな、歩いて慌てずおいでって言っておいてよ」
幸いベンチもある。もとより、甘酒でも買ってのんびり待つつもりだった。
なまえが慌てると、カヅキははは、と笑う。
「そう思うなら、なまえが言ってあげてくれ」
「ええ……」
ストリートの男同士だとなんかそういう温いことが言えないとかあるんだろうか、となまえは首を傾げながら、タイガにメッセージを送る。
『タイガくんあけましておめでとう!
慌てなくていいからゆっくり来てね〜』
ついでに、正月用のスタンプも送っておく。
すぐに既読がついたかと思えば、
『あけましておめでとうございます!了解っす!全速力で行きます!』
というメッセージが即座に返ってきた。
「……あれ」
「……どした、なまえ」
「いや……なんか……伝わらなかった?」
「?ん……?」
目を瞬かせて首を傾げるなまえに、カヅキもまた、同じ方向に首を傾げるのだった。

 

 

 

なまえが甘酒を、カヅキがコーンスープの缶を飲み干したあたりで、息を切らしたタイガが滑り込むように向かってきた。

「タイガくん!」
「おー、タイガ!」
「はー、はー、すっ、すんませ……おま、お待たせ……しました……」
「ゆっくりでいいって言ったのに」
「全然待ってないから大丈夫だ」
「……っす……」
肩で息をしているタイガに、なまえは思わず大丈夫?と声をかける。
「だ、大丈夫っす!……全然!」
「冬なのに汗かいてる」
バッグからハンカチを出し、タイガの額に当てると、タイガはビクッと体を震わせたのち、一歩後ろに下がった。
「はっ、あっ、いっ、いや!あの!その!だ!大丈夫!……なんで!こんなの」
走ってきたからか、タイガの顔は全体的に赤くなっている。着ているダウンジャケットの袖で汗を拭こうとするタイガに、なまえはもう一度ハンカチを差し出した。
「いいよ、これ、使ってくれれば」
「よ、汚れるんで……だ、大丈夫っす」
「そう……?」
その生地だと汗拭き辛そうだけどなあと思いながら、なまえはハンカチを引っ込める。
「あ!じゃなくってその……あけまして、おめでとうございます!」
「うん、あけましておめでとう」
「おう、あけましておめでとう」
タイガが腕を横に置き、ぴしっと腰を曲げて挨拶すると、カヅキとなまえも頭を下げる。

みんな集まったし行くか、とカヅキを先頭に神社の奥へと足を進める3人。タイガは少し緊張した面持ちながら、なまえの隣でぎこちなく歩く。
「え、じゃあ皆と参拝中だったの?大丈夫?途中で出てきちゃって」
「あ、いや。もうほとんど終わって、あとは帰るだけだったんで」
おみくじは引きそびれているが。それは言わずにタイガは大丈夫っす、と念押しした。
「そっか。ならいいんだけど。今日はミナトくんのお雑煮食べたりするの?」
「あー……そっすね。今朝みんなでついた餅があるんで、それで……」
「え〜、お餅ついたの?楽しそう、いいなあ」
「山田さんが、なんかしらねえけど、臼とか杵持ってて」
「え?なんで?自前?」
「かもしんねえっす。前からつきたての餅食いてえって言ってたし」
「あはは、用意周到」
「おーい、お前ら〜」
前を歩くカヅキの声につられ、なまえとタイガがん?とそちらを向く。カヅキがスマホのカメラを向けている所だった。
「え?」
「はい、チーズ」
カメラを向けられはいチーズと言われると、反射的にピースをしてしまうのは日本人のサガなのかどうなのか。思わず笑顔でピースをするなまえに、その隣で目を丸くしてカメラを見るタイガ。そんな二人を被写体に収めながら、カヅキはにっと笑う。
「よし、撮れたぞ」
「もー、撮るのはいいけど先に言ってよ」
「言っただろ?」
「そーじゃなくて」
いつのまにか神社の石段の上にいたカヅキに、なまえは話しながら石段を上って近付く。
そんな二人を見上げながら、タイガは目を細め、少しだけ俯いた。
(……やっぱ、仲良いよな)
「タイガくーん」
「えっ?あっ、はいっ」
頭上から呼ばれ、タイガは慌てて石段を上る。
「お賽銭ある?細かいの」
「あ、はい」
「ここね、お参りするところ2カ所あるから、それぞれ用意しておいた方がいいかも」
分かりました、と答えている間に、カヅキは既にお参りを済ませていたようだ。じゃあ私たちの番だね、と話すなまえにつられ、二人並んで拝殿の前に立つ。
二人分の拍手の音が響く。手を合わせて目を瞑ったあと、少ししてちらりと横を見ると、なまえもこちらを見ていたので慌ててタイガは姿勢を正した。
「終わった?じゃあ、行こうか」
「あ、っす」
その後境内の奥の方にある小さな社にもお参りして、一通り参拝を済ませた二人は石段を下っていた。
石段を降りた先には、小さな授与所があり、お守りやおみくじが並んでいる。その前に、一足先にお参りを終えたらしいカヅキが立って待っていた。
「タイガくんは、何お願いしたの?」
「へっ?!」
今日はやけにこの質問が飛んでくる日だ。なまえに聞かれ、タイガはえっと、と口を濁す。
「でもやっぱり、プリズムショーのことだよねえ。あ、それとも、勉強のこととか?」
いつものメンツからそれを言われたら揶揄ってんのかと怒る所だが、なまえの場合、おそらく本気で言っている。
「いや……それはないっす」
「あはは、正直」
「……なまえさんは?」
「え?」
「なまえさんは、何かお願いしたんすか」
「んー……」
なまえは空を見上げたのち、タイガに視線を戻す。
「内緒」
そう言ってかすかに微笑むなまえに一瞬目を取られたのち、タイガははっと我を取り戻す。
「っず、ずるいっすよ!」
「あはは、たしかに。人に聞くもんじゃなかったね、ごめんごめん」
「やっ、べっ別に、いいっすけど……」
タイガがもごもごと言い澱んでいるうちに、二人の足は授与所の前に着いていたらしい。
「あ、おみくじ引いてく?タイガくん」
「あ、はい」
「仁科くんは?」
「俺はいいかな。明日、多分あいつらと引くことになるだろうし」
「ああ、速水くんたちね」
そんな会話をしながらおみくじを引く。
「ーーあ」
「ーーお」
なまえとタイガが同時に声を上げる。カヅキがん?と軽く首を傾げると、なまえが嬉しそうにおみくじを広げた。
「大吉だ!」
「あ、俺もっす……」
「おー、良かったな二人とも!」
「書かれてること同じ?」
「えっと……」
「私はねー、学業、努力すれば成る。健康、問題なし。失せ物、高い所を探せ、だって」
「あー……俺のとは違うみたいっす」
そう返しながら、タイガも自分のおみくじを読む。一体、プリズムショーの運勢はどこに当てはまるのか。仕事が一番近いのだろうか……等と思いつつ読み進めていくうち、ある一つの項目のところでタイガの視線はぴたりと止まる。
「えー、恋愛、……近くに良縁あり」
奇しくもなまえが読み上げた項目と同じところで目を泳がせていたタイガは、びくりと肩を震わせた。
「近くにいい人がいるってことかな。やけに具体的」
なまえがそう呟くのを、読むフリをしながらタイガは黙って聞いていた。
「……」
「タイガはどうだったんだ?」
「へっ?!なな何がっすか?!」
突然カヅキに手元を覗き込まれ、タイガは慌てておみくじを後ろ手に隠す。
「え?いや、おみくじに何書かれてたのかって思ってよ」
「あ、や、ま、まあまあっす」
そっか、よかったな、と屈託なく笑うカヅキにタイガは気恥ずかしくなる。そんなタイガの気持ちも露知らず、なまえはおみくじを縦に折り畳んでいた。
「タイガくん、これ、木に結んでおく?」
「あ、そっすね……」
「この辺の木、スペース空いてるぞ」
「ありがと仁科くん」
「でも最近は持ち帰ってもいいとか言うよなあ」
「あ、そうなの?」
でもまあ今回は結んでおこ、と言いながらおみくじを「ここに結んでください」と書かれた注意書きの紙が吊るされた木に結んでいるなまえの隣で、タイガも同様にして木に結びつけようとする。
(……恋愛)
きゅ、と力を入れると、おみくじはしっかりとそこに留まった。
(……願えば叶う、か)
「お。悪い、ちょっとヒロから電話だ。じゃあ俺はこれでな。またな、タイガ、なまえ」
「あ、うっす!ありがとうございました!」
「うん。またね、仁科くん」
タイガはお辞儀を、なまえは手を軽く振りながらカヅキを見送る。カヅキが角を曲がり、姿が見えなくなると、なまえはタイガを振り返った。
「じゃあ、私も帰ろうかな。今日はありがとうね」
「え、あ、こっこちらこそ!ありがとうございました!」
タイガは勢いよくお礼を述べたあと、何か言おうと口を開く。
「タイガくん?」
「あ、あの……、その」
「?」
何か言わないと、今日はこれでもう終わりだ。タイガは自分なりに頭をフル回転させるが、うまい言葉がなにも出てこない。ふと、目の前にいるなまえが持つ、ビニール袋が目に入る。
「あ!あ、あのっそれ!俺、持つっすよ!」
「へ?」
「送ります!家まで!」
「いやでも、これ結構重いし」
そう言ってなまえは袋に視線を落とすが、タイガからすればだからこそだ。タイガは半ば強引に袋を奪い取り、2リットルのペットボトル2本分をその手に持つ。
「いいの?」
「はい!」
ごめんね、ありがとうと笑うなまえの横に立ち、タイガは威勢よく袋を肩から後ろに流すように持った。
なまえの祖父母の家は、ここから歩いて10分くらいの所にあるらしい。大学も冬休みだから年末年始だけこっちに来てたんだ、と話すなまえに、また少しだけなまえの情報を知ることができたとタイガは密かに思う。
「そうなんすね」
「うん。もう明日にはマンションに帰るけどね。……そういえば、タイガくんはお正月帰らないの?青森に」
「あー、なんかじーちゃんとかは帰ってこいって言ってたんすけど……冬休みそんな長くねえし、あいつらも寮にいるっつーから……」
とりあえずいることにしたっす、とタイガが言うと、なまえは目を細める。
「ふふ。仲良しなんだね、みんなと」
「へ、へっ?!い、いや……その……まあ……」
「あ。お茶、ありがとう」
「え?あ、っす」
なまえがこちらに手を伸ばしてくる。いつの間にか、もう着いてしまっていた、らしい。名残惜しげにずっしりとお茶の入った袋を渡す。
「じゃあね。今日はありがとう」
「あ、や。こちらこそ」
なまえは玄関の小さな門を開けて、ドアに続く石段を登る。その後ろ姿を、タイガは密かに目で追っていた。すると、なまえが急に振り返る。
「あ、そうだ。タイガくん」
その声に反応するように、タイガはぱっと顔を上げた。
「今年も、よろしくね」
「はっ、はい!」
よろしくお願いします!と頭を下げる。頭を上げた頃にはもう、なまえは家の中へ入っていた。
踵を返し、タイガはダウンジャケットのポケットに手を突っ込み、寮へと戻る。
(……『今年も』よろしく、か)
なまえの言葉を反芻し、タイガは一人ほくそ笑む。
今年は良い年になりそうだーーそんな予感を胸の中で膨らませながら、大股で半ば走り出すように、タイガは帰路へと着いたのだった。